落城11
二匹を始末して進路を確保。とりあえず一応の安全はこれで保たれた――そう思った矢先に鳴り響く背後の爆発音。
「ッ!?」
城の正門側がどうなっているのかはこちらからでは見る事が出来ない。
だが、その音がちょっとしたハプニングのそれではないということぐらいは簡単に分かる。
「アウロス、八島の両部隊が城に到着!攻撃を開始してします」
オペレーターの声がその認識を更に強調する。
前進を再開した荷馬車の横でソルテさんが不安げに城の方に目を向ける。
道はマッドマンティスたちの現れたすぐ先で右側にカーブしていて、荷馬車がぎりぎり通れるぐらいの狭い道が大きく蛇行しながら続いており、ここからその先の様子を伺うことは出来ない。
「……」
だが、少なくとも先導の二騎は無事なのだ。とりあえず彼らに進行方向の注意は任せていいだろう。加えて、いつ突破されるか分からない城と荷馬車の間に殿がいないのも問題だ。
そう考えて再び荷馬車の後方へ。周囲を背の高い木々に囲まれた曲がりくねった道が緩やかな下り坂になっている。
「オペレーター、城は持ちそうか?」
「まだ今は落ちていない……。けど、だいぶ劣勢ね」
「……了解」
どちらにせよ急ぐに越したことは無さそうだ。
そしてそんな時に限って、スピードの出せない蛇行した道を進むしかない。
そのもどかしい移動は不意に変化を迎えた。
左右の雑木林が唐突に途切れ、前方には切り立った高い岩が姿を現す。
その雑木林の終わりと同じくして道は大きく開かれ、周囲を囲む岩――というか崖によってちょっとした広場が確保されている空間に変わっていた。
「ここは……?」
「左だ。少し戻るような形で道が続いている」
荷馬車の周りで声がして、その通りにソルテさん達が左手の岩の裏へと消えていく。
「ん……?」
その荷馬車の上を大きな影が通過したのは、見間違いではなかった。
「今のは……?」
見上げた上空。岩に囲まれた空に飛び交う見慣れない影。
鳥のような翼を広げた大きなそれはしかし、確信をもって絶対に鳥ではない。
鳥ならばもっと小さい。というか、普通の鳥ならあそこまで胴体が長く直立したような姿勢で空を飛ばない。
「ちぃっ!!」
再び荷馬車の横へ。
荷馬車はようやく次の小道に入り込んだ辺りだ。とてもではないが空を飛べる相手から逃げ切れるようなスピードはない。
「ッ!!」
刀を構え、急降下する一羽を迎え撃つ姿勢をとる。
「うわっ!!?」
「なっ、何だ!?」
周囲に叫び声。それらをかき消す、カラスのそれを人の声で再現したような鳴き声。
「っの!!」
その奇声と共に急降下した攻撃をかわし、振り下ろされた足の鋭い爪が空を切ると同時に放ったこちらの反撃もまた同様に空振りに終わる。
「ちっ!」
それを理解した瞬間には、攻撃者は既に再び空に舞い上がり、こちらからの一切の攻撃が届かない高さまで急上昇していく最中だった。
そして同じ軌道を追いかけるようにもう一羽、翼を大きく広げ、滑空するようにしてこちらめがけて突っ込んでくる。
ただしその狙いは荷馬車ではなく、その横にいる目障りな人間=俺。
ぐわっと、直前で奴の体が起き上がる。
突っ込んできた頭が瞬時に上に消え、代わりに突入の勢いを乗せたナイフのような爪の揃う足の蹴りが俺の頭に殺到する。
間一髪のところで刀身が間に合ったのは、ほとんど奇跡だ。
「ぐうっ!!?」
質量とスピードの衝撃が両腕に振動となって伝わる。
少しでも力を抜けばそのまま刀ごと弾き飛ばされしまいそうなそれを、両足を開いて腰を落とすことでなんとか迎え撃つことに成功した。
「おおあああっ!!!」
と、そのまま受け止めた刀身で切り上げる。
切っ先にだけだが僅かに感じた手応えは錯覚ではない。
「カァァァァァッ!!!!」
反撃への激怒だろうか、それによって受けた傷の悶絶だろうか、相手の一際大きい叫び声と、羽ばたくやかましい音が辺りに響き渡る。
「こっ、こいつは……」
すぐ近くにいた研究チームの一人が戸惑いを隠さない声を発する。
「ハーピィだ!荷馬車から離れないで!!」
その声に振り返らずに叫び返す。
長い爪と鋭いくちばし、腕の代わりに広げた巨大な翼。
半人半鳥の襲撃者はその赤い目で俺を睨みつけながらせわしなく羽ばたいて空に浮かぶ。
その向こう、その仲間たちがいくつも輪を描いて待機している。
直感:あれらが一斉に降下するか否かで俺たちの人生がどこで終わるかが決まる。
「「「「カァァァァッッ!!!!」」」」
「ッ!!」
そしてその直感は、産まれると同時に最悪の方へと傾いた。
一斉に降下を始めたそれが視界を埋め尽くす。
「くっ!!」
頭上=多くの生物にとっての死角。人間にとっても当然例外ではない。
そこから同時に襲い掛かる複数のハーピィ。
マナによって強化された動体視力と、ジェネレーターに搭載されている精神保護デバイスが、その一瞬の光景に対してこちらも一瞬で結論を下す。流石に全てへの対処は不可能である、と。
「ッ!!」
避けられない死。それを直感し、思わず首を縮めて身構えたその瞬間、ハーピィたちは攻撃を中断して、曲芸飛行のように空中で散開。
その中央、一体だけそのままの形で突っ込んでくる――というより落ちてくる。
体から抜け落ちたのだろう羽毛がふわふわ舞う中を、地上に吸い寄せられる火の玉になって。
「え……?」
ほんの一瞬の出来事を、脳はまだ理解していなかった。
突然横から飛んできた一発の火球。それがハーピィを巻き込んで、一撃のもとに仕留めた。
「ハァ……ハァ……」
その功労者にして命の恩人=ソルテさんは、それまでただ歩くのに携えていただけの長い杖を振るえる両手で空に向かって構えていた。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




