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落城10

 腹の底が冷たくなる答え。

 もし直前に斥候が戻ってきていなければ、横で不安そうにこちらを見ている博士に伝えるのは相当に勇気がいる内容だった。

「……了解」

 それからいくらかそのハードルが下がった報告。

「守備側の前衛が突破されました。間もなくこの城に敵が到着します。すぐに脱出を」

 言い終わると同時に背後で鬨の声。そして何かがぶつかり合うような音。


「遅かったか……ッ!」

「馬引け!急げ!!」

 辺りで叫び声。

「門開けろ!!」

 誰かが叫び、今まさに交戦を開始した側と反対の、裏口側の扉が開く。

 中庭から裏門の向こうまではほぼ一直線。二騎の先導が先頭を切って進み、その後ろに荷馬車が――イライラするぐらいの低速で――続く。

 ようやく脱出作戦が開始された。


「荷馬車が移動を開始。これより脱出を支援する」

 オペレーターに伝えてその列の後ろへ。

 この先に何が待ち構えているのかは分からないが、今より切迫しているのは後方だ。

 まだ突破されていない+先導からすれば安全な後方への離脱となるため前方に関しては彼等に任せても問題ないだろうが、今まさに攻め込まれている後方には殿が必要だ。

 トンネルのようになっている裏口側への移動を始めた荷馬車のすぐ後ろにぴたりと付き、我々が通過した段階でぴたりと閉ざされる中庭側の扉を視界に入れながら進んでいく。


「了解。この先のルートには、当然ながらマナブイの設置はない。情報支援はかなり限られるから注意して」

「了解した」

 答えながら俺の目は後方=間もなく通過するレテ城の方へと向いている。

 その事は俺の視線の映像を受信しているオペレーターにも筒抜けだ。

「後方の敵は時間の問題だろうけど、今のところ城の守備兵が何とか食い止めてはいる。ただ、前方に関しても気を抜かないで。森の虫や城の連中の管轄下にないモンスターは、あなた達を味方と思わない可能性もあるわ」

 言われて気付く。

 城の中にいたゴブリンやオークは敵ではなかったし、今では彼らの戦力を当てにしての脱出作戦の真っ最中だが、この前のリックワームのようにその辺に生息している虫や、両面宿儺のようにどちらにも属さずに目についた者を襲うようなモンスターだって存在しているのだ。

 先導がいるとはいえ安心はできない。その認識は、裏門を出て直ぐに現実となった。


「虫だ!」

 前方からの声。予感的中。

「先導は!」

 荷馬車の後ろから怒鳴ると、ソルテさんが同じように声を上げる。

「応戦しているが数が多い!!」

「了解だ!そっちに向かう!」

 叫びながら荷馬車を駆け抜け、騎兵と対峙している連中を認めると同時に抜刀する。

 城のすぐ外、緩やかな下り坂になったそこの左右の、茂みとも雑木林ともつかない中から現れたのは、二体の巨大なカマキリの姿をしたモンスター、マッドマンティスと呼ばれる人間サイズのそれだった。


「……ッ!」

 二体はプレイングマンティスという、カマキリの英名を表すような祈りのように両手の鎌を眼前に掲げる姿勢を示している。

 これからの殺生を前に祈りを捧げている、獲物の命を奪う事を詫びている――無論、そんな殊勝な姿勢ではない。

「来るぞ!!」

 距離をとるように槍を突き付けている先導に告げながら突撃。

 俺をそのリーチに収める前に、その祈りの姿勢から一瞬で左右の鎌が振り下ろされた。

 地面に突き刺さる鎌。その隙を狙って騎兵たちが更に馬を寄せようとする。どうやら片方の狙いはこの先導たちに定まったようだ。


 だがもう一体は、そいつらとは別の敵=俺の方に意識を向けている。

 どこを見ているのか分からない複眼がこちらに向けられ、それと俺との間に祈りが入る。


「ちぃっ!」

 奴の間合ぎりぎりまで突進する。人間サイズになった昆虫の身体能力は超人的だ――そんな話を聞くことがあるが、幸いなことにこいつらはそれとは異なり、ある程度こちらから手を出す余地がある。

「くっ!!」

 鎌が振り下ろされる。その一撃は確かに目にもとまらぬスピードではあるが、その一撃の威力と速さに全てを賭けてしまっている。

「……ッ!!」

 間一髪でその振り下ろしを回避し、地面に先端を突き立てたそれを踏みつける。


 今までの研究で一般的な冒険者=俺のような人間にも分かっている事実として、こいつらはその生息域においてはほとんど頂点捕食者と言っていい。リックワームは餌であるし、一人迷い込んだゴブリンなどであれば今回のようにそれも襲って喰らう極めて凶暴な肉食昆虫だ。

 加えて、オークなどのようにより強力な種族とは生息域がほとんど被らない――今回のレテ城は稀有な例外と言える――こともあり、襲う事はあっても襲われることはほとんどない生き物である。

 現代に存在する生き物がどうかは分からないが、少なくともこの地においてはそうした生き物は「攻撃後の隙をつかれて反撃される」という経験を、遺伝子に組み込まれるほどには受けていない。

「おらぁっ!!」

 故に、全てを賭けた一撃を躱すことが出来れば、その後は両腕を地面につけた無防備な姿に一撃を加えるのは難しい事ではない。


「ッ!!」

 残された一体がこちらを見る。首を飛ばされた相方が崩れ落ちるのが、その複眼の隅に映ったのだろう。

 だが、こちらをより脅威と断定したとはいえ、目の前の相手はただのゴブリンではない。

「ギィッ!」

 振り上げようとした鎌に向かって繰り出された槍に虫特有の羽根を使った跳躍で飛び下がり、再び両腕を振り上げる。

 その瞬間、二騎と一人が一列横隊で飛び込む。

「!?」

 一瞬奴が困惑するのが分かった。次の瞬間、祈りが解かれる。

 奴の判断=真正面の騎兵に集中。

 単純な生き物。それも、敵に襲われることを想定していない生き物が選択したのは、一体でも多くの敵を道連れにする事。

 自然界でそんな事があるのかは分からないが、この世界ではあるようだ。

「逃げないのか!?」

 不自然ではあるが、目の前に起きている以上対処するより他にない。


 振り下ろされる一撃はしかし、再び空を切る。

 その瞬間、左右から叩き込まれる刺突と斬撃。

 確実な手応えと共に崩れ落ちたそれから武器を引き抜きながら改めて周囲を警戒する。

 どうやら虫は今の二匹だけだったようだ。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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