落城8
隊列のまま、一定のペースで進むスケルトンの大群。
マスケット銃を肩に担いだ姿勢のまま、行進曲に合わせて正面のモンスターの大群に向かっていく姿は、まるでそれ自体が巨大な一つの生物のようにも思える統一感だった。
「あっ!撃った!」
思わず声を上げる。
射程に入ったのだろう。守備隊側の中からゴブリンの弓兵たちが前に進み出でて、一斉に矢を放つ。
数が多い。精度が悪いと言われるゴブリンの弓兵だが、この数が一斉にとなれば多少の精度など何の問題にもならない。
「撃った?」
「守備隊側が戦列歩兵に向けて矢を放った!凄い量……」
それから僅かに遅れて、矢の雨が画面に映し出され、海老沢アリアの左右にいた騎兵が、主を守るようにその進路上に移動する光景が映し出される。
ひぇ
やばい!!
コメントが一瞬途切れて、矢の雨が降り注ぎ終えたところで一斉に流れ始める。
沢山の矢は彼等の姫様には当たらなかった。
が、当然ながらその前を進むスケルトンたちにはしっかりと降り注いでいる。
矢の雨の中、それでも歩みを止めず、回避行動さえもとらない戦列歩兵たち。当然頭蓋や体を貫かれて、少なくない数がその場に倒れ伏す。
しかし部隊全体の動きは変わらない。倒れた兵士を踏み越えて後続が前列に繰り上がり、同じリズムで行進曲を奏でながら一心に前進を続けていく。
更に続く矢の雨。更に増える戦列の死者。
だが、彼らは死者ではない。元から死んでいる――無論そうではあるのだが、死という形でこの戦いから脱落しない。
なんか兵士増えてね?
蘇った!
流石アンデット
コメント欄にもそれに気づく者達が現れる。
いくら矢を受けようと、彼らは決して歩みを止めない。
だって彼らは死なないのだ。アンデットである以上は、一度死んだ上でなおも動いている身である以上は、もう一度の致命傷程度では止まらない。
倒れた兵を踏み越えて戦列は進み、倒れた兵もすぐさま起き上がって戦列の最後尾に再び連なる。
いくら倒れても即座に立ち上がる兵士。
数の上では明らかに劣勢であるはずの彼らはしかし、その能力によって事実上無限の兵力を持っていると言っていい。
「オペレーター、戦闘はどんな感じだ?」
「侵攻側、海老沢アリアの戦列歩兵が守備隊に肉薄している。恐らく前衛はそう長くは――」
そこで言葉が詰まった。
トラバンドの映し出す景色。その奥の方でトレビュシェットが動き出している。
「守備隊側トレビュシェットに動きあり!」
そう告げた途端、それは現実のものとなった。
巨大なピッチングマシーンのようなそれが放った放物線。それが突然空中で瓦解し、無数に割れる。
「えっ!」
恐らく小さな石をいくつも束ねて一塊にしていたのだろう。
その石の雨が、同じタイミングで放たれた矢の雨に混じって降り注ぐ。
「ッ!!」
それまでとは明らかに異なる数の兵が倒れていく。
いや、これは――。
「全滅……?」
土煙すら上がる程の猛攻の中、遂に戦列は動きを止めた。
そして巻き上げられた土煙が落ち着いた時、その中に立っていたのは海老沢アリアただ一人だけ。
コメントが途絶える。
鬨の声が上がり、守備隊が突撃を開始する。
守るものの無くなったアウロスの姫君に、無数のモンスターが殺到していく。
「……」
だが、当の姫君本人は落ち着き払っている。
覚悟を決めたのか――そうではない。その証拠に、彼女がおもむろに取り出したのは、今は尽く倒れ伏した彼らを呼び出した、あのラッパ。
「だけど今からじゃ……」
漏らした声が私のものだと気付くのに数秒かかった。
そしてその間頭の中に浮かんだ予想=今から再度召喚しても間に合わない。
ゴブリンの弓矢とトレビュシェット、それぞれが届く距離という事は、当然この突撃だってすぐに到達する。
いくらアンデットとはいえ、倒れてから立ち上がるまでに時間はかかる。
突撃の間に次を呼び出したとはいえ、その頃には彼女の下にゴブリンやオークの武器が届いている。
頭に浮かぶ悲劇的な結末。オペレーター稼業などやっていれば、嫌でも知ることになる姿。
「ッ!!」
だが、そのシミュレーションはそれが最後まで到達するより早く否定された。
鳴り響くラッパの音色。しかし、先程までより遥かに短く、早い。
「突撃ラッパ……?」
私も本物を聞いたことはない。
だが、それでもその軽快なそれを聞いた瞬間に何となく思い浮かべるのはその名前。
それが一度、二度と響く。
「えっ……?」
その光景は、まさしく異常なものだった。
尽く倒れ伏しているスケルトンの兵士たち。それがまるであのドラムロールで呼び出された時のように、そしてそれらとは比較にならない程に早くその場で立ち上がったのだ。
いや、立ち上がっただけではない。
それらは一瞬で再度隊列を整えた。
だが今度は前進するのではなく、今まさに肉迫する敵の大軍に対して、自らの指揮官を守るようにその前で膝をつき、一斉にマスケットの筒先を照準している。
恐らく、飛び込んでいくモンスターたちの目には、自分に向けられているそれの先端に開いている穴まで見えただろう。
「ッ!!」
次の瞬間、辺りに轟音が響き渡った。
同時に彼らの姿が真っ白な雲に覆われる。
そしてその雲の外、押し寄せていたモンスターの津波は、突然に砕け散っていた。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




