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落城7

 刻一刻と騒ぎは大きくなる。

 未だ届かない先導を待って気が気ではない我々など目に入らず――恐らくネックレスなどなくても――気にも留めない様子で、ゴブリンやオーク達が棍棒や弓矢や手斧を抱えてあちらこちらをひっきりなしに走り回っている。

 間違いなく、そう時間を置かずにこの城まで敵が、つまりアウロスか八島の最精鋭がここに乗り込んでくる。


 一瞬の思考:相手も人間だ。乗り込んでくるのを待って話をしてみては?


 だがすぐに不可能と気づく。

 連中からすれば城の中に俺たちがいるなど知る由もない。城に乗り込んで乱戦になっている最中にそんな説得などする余裕はない。

 もし仮にそんな機会が訪れたとして、モンスターのただ中にいてそいつらと敵対していない人間など、怪しいことこの上ない。殺されることはないにしても、拘束されてあれやこれやを調べられる可能性は高いし、何よりせっかくのメガリスが無事でいる可能性は低い。


「……ッ」

 となるとやはり、一刻も早くここを離れるのが最善だろうが、そのための先導は――堂々巡りは続く。

 そしてその堂々巡りは、一秒ごとに冷静さを奪っていく。

 研究チームは皆気が気ではないようで、辺りをうろうろしたり荷馬車をいじくりまわしたりと明確に落ち着きを失ってきている。


 城壁の上に登って状況を見てこようか――自分が観戦したところで何の意味もない事は分かっているし、ただ防衛の邪魔になるだけだというのも承知だ。その上防衛対象から無闇に離れるべきではないだろう。出発がいつになるのかも分からない今は特に、俺が離れた瞬間に出られるようになったなどという事があれば、戻るまでの間に貴重な時間をロスしてしまう。

 だが、周囲の状況が分からず全員が不安のただ中にあるその空気の中にいれば自分にも伝染してくる――それを、無性に湧き上がってくる焦燥感と不安感とで実感し始めた時に、ふと閃いた。


「オペレーター、気付いているか?」

「感度良好。オペレーションルームに入っている」

 既に準備は出来ているようだ。

「城攻めの生配信、そっちで見られないか?」

「了解。ちょっと待って」

 一拍置いて更に彼女の言葉。

「丁度やっているわ。前衛部隊が到着した」

 彼女の実況で状況が分かる――俺たちのやり取りを横目に見ていて気付いたのか、周りに研究チームが集まってきていた。




※   ※   ※




 自分用のノートパソコンを持ってきていたのは正解だった。

 配信を見られるようにしておいたのも、また。

 画面の中には、侵略者を発見するやUターンするゴブリン騎兵の姿が小さく映っている。

 恐らく彼らが斥候だったのだろう。その体格に見合った、ポニーよりも更に小柄な馬のような生き物にまたがって駆けながら、鋭く笛を鳴らして駆けていく。

 入れ替わりに城やその前の野営地からわらわらとやって来る守備側の前衛部隊。めいめいが太鼓や鐘や、己の武器同士を叩いて音を鳴らしながら突き進み、しかし彼らの後ろに控えているトレビュシェットの射程より外には出ない。

 やはり彼等も前衛には精鋭をぶつけてきているのだろう。大多数で行く手を阻みながら、しかし配信者相手に無謀な突撃はしない。


 むしろその絵面だけみれば、アウロス側の方が遥かに無謀な自殺行為のように思えてくる。

 尖兵としてその大軍に向かい合っているのは、アウロス三期生の海老沢アリアただ一人だ。

 第三世代らしく追従していたトラバンドは彼女からやや離れた位置で主の姿を映し出し、それが今こうして画面から見えている。

 緩くパーマがかかった腰まである栗色の髪が風にそよぎ、雪のように白い素肌がその下から垣間見える。

 白銀の胸当てと、髪飾りに類するような額側だけしか覆わないサレット。そして革のベルトで吊るした細剣。彼女の持ち物で武具と呼べるのはそれだけで、他に身に着けているものと言えば左右に大きくスリットが入り動きやすくしている真っ白なロング丈スカートと、よく手入れされた小さなラッパ以外にない。

 ちらりと画面横を高速でスクロールするコメントを確認する。


 流石に敵多くね?

 これやばいんじゃ…

 姫様逃げて


 姫様というのは、彼女のファンからのあだ名だ。その容姿しかり、おっとりした雰囲気しかり、そんな風に扱われるのも分からないではない。現在のアイドル性重視のアウロスの路線に少なからず影響しているとさえ噂されるのも納得だ。


 だが、その当の姫様はファンたちの不安などどこ吹く風だ。

「みんなありがとう。でも大丈夫です。海老沢アリア、参ります!」

 宣言と同時にラッパを口へ。良く響くファンファーレのような音色。

 音楽に詳しくはないが、それがきっと簡単な曲――というよりフレーズなのだという事は分かる。彼女は同じフレーズをもう一度繰り返し、それを終えると同時に彼女の目の前に紫の光が走った。

 地面に現れる魔法陣のような紋章。その光が消えたところに現れたのは、たった一体のガイコツ。

 恐らくスケルトンと呼ばれる骨だけで動くモンスターだろう。だが、そのいで立ちは普通のそれと異なっている。


 えっ

 スケルトン?

 なんで?


 ファンたちのコメントも困惑を隠していない。

 彼女の配信で見せるこの能力、味方として戦ってくれるモンスターを召喚するというスタイルに慣れているはずのファンたちでさえ、初めて見るようだ――そのモンスター自体も、その日露戦争のようないで立ちも。

 そうだ。そのスケルトンは普通のそれとは違った。

 白いズボンと赤い軍服に青い帽子。そしてその体の前に提げられているのは太鼓。

 まるでマーチングバンドのようなスケルトンが召喚者に敬礼すると、それからその太鼓が軽快なドラムロールを始める。

 それが何を意味しているのかはすぐに分かった――私にも、ファンたちにも。


 !?

 なんだこれ!?

 どういうことだ!!?

 初めて見た!


 ドラムロールが続く間、海老沢アリア本人が召喚するよりも大量の魔法陣が現れ、そこから次々と現れる最初のスケルトンと同じような集団。

 ただし、彼等の持っているのが楽器ではなく、その身長と同じぐらいのマスケット銃であるという点が最大の違いだろう。


 呼び出されたスケルトンの兵士たち。ドラムロールに従って方向を変え、整然と列をなしていく。

 瞬く間に出来上がるスケルトンの隊列。

 百体は下らないスケルトンの兵士たちが組んだその後ろで、最後に呼び出された白馬にそれらの女指揮官がまたがると、同じように馬――こちらは黒い馬で統一されている――にまたがったスケルトンの騎兵たちが脇を固めた。

 その騎兵の一騎が、恐らく副官の立場を担っているのだろう、彼女に何か耳打ちする。


「……分かりました」

 ドラムロールがやんで静まった空間、トラバンドがに彼女の静かな声だけを拾う。

 そして、彼女が腰の細剣を引き抜いた、その鞘走りもまたトラバンドが拾っていた。

「進め!」

 透き通った声の号令が響く。

 同時に隊列の最後尾、最初のスケルトンとマーチングバンドを組めそうな連中が一斉に演奏を始めたのは、私もCMなんかで聞き覚えのある行進曲だった。


「オペレーター、遠くから音楽が聞こえる。何が起きているんだ?」

 一条君からの通信に、画面に映っているものをそのまま伝える。

「戦列歩兵……」

「何だって?」

「戦列歩兵が向かっている!凄い数のアンデットの!」


(つづく)

投稿遅くなりまして申し訳ありません

今日はここまで

続きは明日に

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