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落城5

「メガリス……」

 あの日、MCライリーと遭遇した時のメガリスと比べると二回りほど小さく、光も発していない、青みがかった透明の鉱石だが、その形状は間違いなく剣の先のようなあのメガリスの相似形と言ってよかった。


「これを無事に脱出させることが、今後の研究を左右すると言ってもいいでしょう」

 博士がそう言ったのを合図にしたかのように、城の北側、それまで通ってきた方と反対側から同じ作業服を着た人間が数名こちらにやって来た。

 彼らが財団の人間だという事は、揃いの作業着の胸に刺繍された所属が明らかにしていたが、博士以外は初対面の面々だ。

「彼らが私の研究チームのメンバーです」

 そう言って居並ぶ彼らを示す博士。それから反対に彼らの方に向き直る。

「こちらが今回脱出の支援をしてくれる(株)植村企画の一条さんだ」

 お互いに一礼。前職なら名刺交換と相成ったところだろうが、生憎今はどちらも持ち合わせていない。

 と、挨拶を済ませたところで彼らのうちの一人が博士に何か耳打ちする。


「……まあ、仕方ない。何とか時間内に出来るだけやってみよう」

 どうやらトラブルがあったようだ。博士が一瞬渋い顔をしてから、表情を戻しつつそう答える。

「攻撃開始予定は明日の午前10時だ。それまでに、何とかして運び出さなければ」

 その予想も事前のテレワーク会議で伝えていた内容だった。

 大手配信事務所故の手がかり――広報のページや各種SNSの公式アカウントを確認すれば、攻撃開始時刻を向こうから教えてくれる。生配信と銘打っている以上、夜討ち朝駆けの心配もないだろう。その上こちらと元の世界には時差もないと来ているのだ。攻撃の予想は、最早予想と呼ぶほどの事もない。


 と、そこでソルテさんが俺の方へやって来た。

「ここを纏めている者に、状況を伝えに行きたいのですが、私が通訳しますので直接お話しいただけますか?」

「了解しました」

 反射的に応じて彼について歩き出したが、ここを纏めるという事はつまりそいつもモンスターなのだろう。

「……ちなみに、纏めているというのは?」

「ああ、キングオークです。先程お話した通り、ゴブリン達に長に該当する者はいませんから」

 オークの長がゴブリンの長を兼ねているらしい。

 財団の作業員たちが出てきた方の城の中へ。先程までと同様、二車線確保できそうな広い直線が一直線に伸びていて、反対側にも大きな門が用意されている。

 南側が突破されない限りこちらは大丈夫――或いは、南側が抜かれればこちらで何をしても無駄という事か――という事だろう、こちらは空の荷車や、それが運んできたのだろう弓矢や石、油や水を溜めた樽以外には何も見当たらない。


 その途中にある階段を登って最上階へ。階段を登り切ったところからどことなく鼻に纏わりつく臭いが動物園のそれだと気付いた時、俺たちはオークの王への拝謁の名誉を賜った。

 ソルテさんが恭しく一礼し、俺もそれに倣う。

 それから文字通りキングサイズの椅子にその巨体を預けているキングオークに対し、何やら挨拶なのだろう、未知の言語を並べるソルテさん。


 対する王は左右の側近たちと共に、この見慣れぬ来訪者にちろりと肉に埋まりそうな目を向けるだけで、発言者の方へ顔を戻し、彼の報告を受けている。

「――では、イチジョウさん。現状の説明を」

「はい」

 ここからは日本語で話してよい。

 王の方へ目を向けながら侵攻部隊が迫っている事。攻撃は明日の朝行われる事。敵は数こそ少ないものの、非常な精兵が揃うという事。恐らく正面から乗り込んでくるだろうという事。

 そして、先日両面宿儺との戦闘があり、あれが縄張りとしていた山脈沿いの洞窟を搦手にする可能性が高い事を伝えた。


「あの洞窟のモンスターが、恐らくこの城に山脈側から接近することの障害の一つになっていたと思われますが、それが破られ、その事を敵が知っている以上、あちらへも警戒を向けるべきと考えます」

 その内容を伝えているのだろう、ソルテさんが再び未知の言語で王に報告する。

 それが彼等にとっては驚愕するべき事態であったのは、周囲の肉に覆われていた王の目が飛び出さばかりに見開かれ、左右の側近たちも互いや自らの主人と顔を見合わせていたことで明らかだった。


「あの洞窟のモンスターは彼等にとっても頭痛の種だったのです」

 そっとソルテさんが耳打ちする。

「従えることはおろか、兵を差し向けても討伐することも出来ず、侵略者に対しても同じであるならと放置していたのです」

 だが、状況が変わってしまった。すぐにキングオークが側近の一人に何事かを告げ、それを受けた側近が小走りに部屋を辞する。

 それからキングオークがこれまた未知の言語でソルテさんに何かを告げた。

 それが報告の労をねぎらう言葉であり、また協力への感謝だったと伝えられたのは、俺たちが部屋を辞して、即席の守備隊が両面宿儺の洞窟に出発するのを見送った後だった。

 倒したのが俺だという事は隠しておいて正解だっただろう。無駄に状況を難しくして仕事を増やしたと思われてはたまらない。


「いよいよ明日か……」

 他にはもう、俺にやることはない。

 城の防御状態は色々見て回り終え、脱出のルートも確認した。

 メガリスの移送準備はソルテさんと財団の研究チームで手は足りている――多分正確に言えば足りないのだろうが、手になるための諸々の知識がないのでは行っても足手まといになる。非常に丁寧に遠回りに博士からそう言われているので手を出す訳にはいかない。


 となれば、俺に出来ることは休める時に休む事だけだ。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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