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再起動4

 To:オペレーター

 Taitle:登録証

 お疲れ様です。

 先程無事到着しました。


 証拠写真を添付したメールを送り、それから改めて送られてきた登録証を確認する。

 久しぶりにみたそれ。ごろりと横になり、己の名前とQRコードがついたそれを天井の明かりに照らして見ると、その小さなカードの向こう側に喧嘩別れした両親の顔が浮かんできて、もう引き返せないという事を改めて認識する。


「……」

 たった一枚のカード。

 それがこれまでの暮らし=退屈ではあるが安定はしていた暮らしとの境界線のように、俺の次の人生を示していた。


 From:オペレーター

 Taitle:re登録証

 お疲れ様です。

 ご連絡ありがとうございます。確認しました。


 返って来たメールを確認。その後すぐに今後の予定=VRでの合わせと初配信についての日程調整が行われた。

 それから、また数日。同じようにトレーニングと、約束したVRでの合わせ。

 これまでのダンジョン配信ブームが生み出したVR訓練センターは、同じような新人配信者で賑わっていた。

 最近は個人勢でもオペレーター制を採用しているところもあるようで、俺たちと同様の二人組の姿もいくつかみられる。

 年齢層は――大分若いだろう。というか、見た限り俺は最年長に近いかもしれない。

 だが、まあそんな事はどうでもいい。今は目の前の訓練プログラムに集中だ。


「それでは、ベーシックプログラムから開始します」

 インカムに響くオペレーターの声。

 異世界の歩き方から教えてくれるこのVRトレーニングは、とても仮想現実とは思えないリアリティを持っている。もしかしたら、異世界の発見と接触がその技術を発展させたのかもしれない。

 ベーシックから始まり最終段階のプログラムを終了する頃には、VR訓練とはいえしっかりと汗をかいていて、デブリーフィングの前に着替えを挟む必要がある程だった。


「やっぱり経験者は復帰も早い」

「それはお互い様」

 実際の戦闘に近い状況、それも乱戦に近いそれを終えた後、いつの間にか俺たちの口調は変わっていた。

 まあ、よくあることだ。状況が状況だと、よほど敬語に慣れていないと口調が崩れる――もっとも、どちらかと言えばお互いの感覚が近かったからどちらも崩したと言えなくもないが。

 そして会社で会った時の見立て通り、やはりスーツは着慣れないのか、シャツとジーンズに薄手のジャケットを一枚羽織っただけといういで立ちで現れ、そしてそちらの方が遥かに自然に着こなしているように思えた。


 そして彼女についてもう一つ分かったことは、喫煙者であるという事だ。普段からという訳ではないが、オペレーションの間は常にくゆらせている。

 彼女曰くオペレーターには喫煙者が少なくないそうだ。そしてそうした者達の例に漏れず、彼女もまた集中の為のアイテムとして常にポケットに100円ライターとセットで忍ばせていて、コンソールの前に着く時には愛用の銘柄=プレゼンター・スーパーマイルドのバニラ風味の煙を肺に流し込んでいる――彼女の場合、その効果は明確に現れていると言っていいだろう。

 オペレータールームがこのご時世に喫煙可な所が多いのも、そうした理由によるものらしい。


 一通りが終わって、彼女が携帯灰皿に吸殻を放り込むと、訓練評価を基に今後の配信予定を組む。日本時間で19時~21時頃、所謂ゴールデンタイムで、なおかつ二大事務所所属の配信者がいない日――この条件が2日後に揃うというのは幸運と言えた。


 そしてもう一つの幸運=訓練評価は俺と彼女のブランクを決して大きなものではないと判断したと。

 つまり、重要な初配信において、初心者用ではない内容での配信が可能だということ。

 当たり前と言えば当たり前だが、より魅せる動画にするためには誰でもできる事だけでは上手くいかない。ましてや俺の配信スタイルは一人称視点なのだ。つまり、アイドルのような売り方が出来ない以上、自分の動きで人目を引く必要がある。


 果たして二日後。その点を踏まえての一発目にしてはハードな内容の為に、俺は都内にある第27ダイブセンターに来ていた。


 全世界に存在する異世界とこちらとを繋げるワームホール。

 今やそのほとんどが制御可能となっているが、そうした「ただの関所」になったワームホールを管理しているのが、日本では全国にある管理機構隷下のダイブセンターだ。

 元々は産業用だった訳だが、需要の拡大によって今では多くの所が配信者も使用可能となっているその施設の中のエレベーターのような箱の中に、完全装備の俺が乗り込む。


「それじゃ、行ってきます」

 振り返った先、見送りに来てくれたオペレーターにそう告げる。

 ああ、これが企業勢なのか――不意にそんな感慨が押し寄せる。学生時代、こんな風に出撃する企業勢配信者を傍目に見ながらひとりで向こうへ入っていったのを思い出す。

 俺はあの時見ていたこっち側に来たのだ。


「時間帯は十分。二大企業の競合もなく、お披露目としての状況は最高。しっかりね」

 彼女の言葉に背筋が伸びる。19時まであと5分。今日予定されている大手の配信は19時20分までない。

 お膳立ては整った。いよいよだ。


「それに勿論、無事の帰還を」

「了解。ありがとう」

 俺たちは握手を交わし、それからそれぞれの方向に向き直る。

 俺は向こうに到着した時に開く、反対側の扉へ。

 彼女は踵を返してオペレータールームへ。

 その姿を見送るとブザーと共に扉が閉まり、低い唸り声のような音とマイナスGが全身を包んだ。


(つづく)

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