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落城1

 仮設ゲートの中。エレベーターのような箱で元の世界に帰還する。

 唸るような音と共に重力がなくなっていく感じ、それが治まれば、扉の向こうは慣れ親しんだ元の世界だ。

「お疲れ様でした」

 開いた扉の向こうで待っていたのだろう、オペレーターと京極さんがお出迎え。

「とてもいい映像が撮れました。素晴らしいコラボでした」

 彼のその言葉が俺たち=俺と有馬さんにようやく落ち着いていいのだという合図になった。そしてその締めくくりのように、お互いに改めて感謝を伝える。

「「ありがとうございました」」

 仕事はこれでひとまず終わりだ。後は後日、動画の編集に立ち会わせてもらうだけ。

 ――それにしても、やはり城攻めの意思はしっかりあるのだ。


「……」

 ゲートから控室に戻る途中、京極さんの背中を見ながらそんな事を考える。

 我々には一切伝えず、今回彼らは侵攻ルートの下見を行う事に成功した。ただの偵察だけでなく、あのルートの使用に際して妨げになるであろう両面宿儺を撃破。そして恐らくだが、実際に城攻めを行う時に俺たちに声をかけることはないだろう――俺たちと、有馬さんにも。


「……」

 考えてみれば、有馬さんはまだ候補生という立場だ。アウロスの内部事情は知らないが、企業の名前を使いながらもオペレーター一人付けてもらえない立場であることに変わりはない。つまり、戦力とみなされていない訳だ。

 そしてそれは彼女の先輩に当たる正規メンバーを見ればはっきり分かる。チャンネル登録者数も動画再生数も、何の比喩でもなく0の数がいくつか違う。

 恐らく、本番にはそうした虎の子たちを投入するのだろう。整備された花道を彼ら人気者たちが華麗に攻め込んでいく。俺たちのような存在は端から話題になることもない。

 ――今回はコラボ企画という事で放映してもらえるのだから、そこだけでもありがたいと考えるべきなのかもしれない。




※   ※   ※




 アウロスを信用するな――以前自分で言った言葉は、間違いではないと今でも信じている。サーデン湾事件がその大本になるのは間違いない。だが同時にアウロス内での扱いで同情せざるを得ない相手もいるのも確かだ。

「どうかしました?」

 目の前にいる候補生の子とか。


「いえ、オペレーターいないのに大変だなって」

 コラボを終え、京極が所用で離れて行ったところでそんな話になった。

「あはは……私はまだ候補生ですから……」

 でももう慣れましたよ――そう付け加える有馬さん。

 この前の配信と言い今日と言い、この子は真面目に配信しているのだ。それ故に考えられそうな境遇は同情を誘う。


 即ち、候補生として使い潰されるという未来は。


 アウロスは信用できない。

 サーデン湾事件の後、アウロスに移籍した人間を知っている。その事実も私に取っては随分節操ないと思うが、それらから聞ける話もあった。


 アウロスは、結局芸能プロダクションだ。

 私は芸能通でもレポーターでもないし、ゴシップ好きという訳でもない。

 だがそれでも、芸能界という世界がキラキラしただけの世界であるなどという幻想を抱く程世間知らずでもない。


 彼女はきっと、使い潰されるだろう。候補生と呼ばれる人間は無数にいるのだ。アウロスの看板を使う代償として、正規メンバーとは比べ物にならない程頼りないサポート体制で、会社が指定した――つまり提携している――病院での手術費用さえ配信の収益から天引きされながらいつかは、と夢見続ける人間は。

 その大部分は、候補生と言う名称本来の意味で呼ばれている者なんか一握りで、実際は大部分が使い捨ての鉄砲玉に過ぎないという事実は絶対に伝えられないのだそうだ。

 その――恐らくは――本来の意味ではないのだろう候補生の健気な言葉に本当のことを伝えた方がいいのかもしれないという思いに駆られるが、それをしないだけの理性ぐらい私にもある。

 あくまで人づての話に過ぎないのだ。本質的には週刊誌の与太話と同じだ。


「でも、いいんです」

「えっ?」

「……私、配信好きですから」

 だから、そう言った時の彼女の笑顔がなんとなく物悲しそうなものに見えたのは、私の気のせいだったと思う事にした。




※   ※   ※




 あの城攻めの偵察と思われる配信から二日経った。

 会社のノートパソコンを覗く俺の目の前には、再びモニター越しの博士。

 話のあった通り、レテ城での護衛依頼の説明を受けているところだった。


「――しかし、事前に話を持ってきてくれて助かりましたよ。何とか間に合わせることが出来た」

 そう言っている博士だが、実際間に合っているのかどうかは微妙なところだ。

 予定されている作戦実行は二日後。

 俺は単独でホーソッグ島に向かい、博士とその協力者と合流、向こうで一晩を過ごし、その翌日の朝にはレテ城から博士と協力者、そして重要な研究資材を安全に城から脱出させる――以上が俺の任務となる。

 テレワーク画面の下、メニューバーに表示されているネット記事の題に目を落とす。


 二大事務所夢の競演!レテ城攻略へ


 何故間に合っているのか微妙な理由は至極単純。予想通りの城攻めが、三日後。脱出当日に行われるからだ。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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