パスファインダー19
それまで奴を挟んでいた有馬さんと目が合う。
弓を降ろした彼女が小走りでこちらに駆けてくる。
「一条さん!」
両面宿儺撃破の大手柄を立てた張本人は、しかしそれよりも重大だと言わんばかりに俺の下に殺到した。
「お腹、大丈夫でしたか!?」
「え、あっ、ああ……」
一瞬何のことか分からなかった。
腹?俺の腹?ああ、そうか。蹴られたんだっけ。嘘みたいだが、本当にこんな程度の認識だった。両面宿儺を倒したという興奮がその痛みを忘れさせているのかもしれなかった。
「ああ、大丈夫です。ありがとう」
自分の状況を思い出してそう答え、それから安堵した表情の相手に今度はこちらから切り出す。
「ナイスキル。よくあんな方法を……」
はっきり言ってとんでもないクソ度胸だ。
あれの威力を見ていない訳ではあるまいに、自分を的にして相手に光線をチャージさせ、その上でそれが最大化=発射直前まで粘ってから確実に一撃で仕留める。
それも、見た目からその想像は出来るとはいえ全く上手くいく、つまり、目に見えている光線のチャージがそのまま爆発させられるという保証なんてどこにもなかったというのに。
「なんとなく、です」
そのギャンブルの重大さに対してあまりに簡単な――しかし多分そうとしか言えないのだろう――答え。
「なんとなく?」
「ええ。ああやってエネルギーを溜めているところって、なんか攻撃したら倒せそうだな……って」
確かに想像は出来るし、フィクションではよく見る展開かもしれないが、その思い付きをよくあの場で実行する。つくづくクソ度胸。
そしてその張本人は少しだか恥ずかしそうにしながら、そのクソ度胸の理由についても教えてくれた。
「私の習っていた佐川流には槍練りという訓練がありまして、弓に矢をつがえて引き絞ったまま、槍を持って迫って来る相手を正面に捉えて『射て』とか『下がれ』とか指示があるまで動かないという事を繰り返し教えられます。多分、それのお陰です」
その口調と表情は、恥ずかしそうではありながらも、同時にどこか誇らしげなようにも思えた。
まあ、とにかくこれで脅威は去った訳だ。
「二人ともよくやってくれました。洞窟を出たら、あともう少しで終了となります」
その京極さんの言葉を聞いて、改めて洞窟の外を見る。ぽっかり空いた出口の向こう、緩やかな坂道と、左手に山脈、そしてその山脈の向こうに小さく見えているのが、いずれ行くことになるだろう――そして恐らく近い将来に戦場になるだろう――レテ城だ。
「洞窟を出たら、山脈沿いの小道を進んでください」
「……了解」
ふと考える。
もし本当に城攻めが控えていて、今回の企画がその偵察や露払いを目的としているのなら、俺は自らの首を絞めることになっている。
「……」
今は考えていても仕方がない。その点は覚悟の上で来ているのだ。
そう頭を切り替えて洞窟の外へ。マナブイをまた設置して、指示された通りに山脈沿いの小道を進んでいく。
「まだモンスターがいるかもしれません。慎重に行きましょう」
有馬さんが半分ぐらい自分に言い聞かせるような口調でそう言い、俺もそれに同意する。
勝って兜の緒を締めよではないが、一難去った時こそ気が緩みやすい。
両面宿儺との戦闘は大きな音と光が複数回にわたって発生した。恐らく周囲のモンスターたちの注目を集めたはずだ。
それに加えて、そちらに近づくように歩いているレテ城にはモンスターたちが頑張っているのだ。あそこから騒ぎを聞きつけてやってくるとすれば、その辺の屋外で遭遇するよりも大規模な――それこそ、洞窟の向こうで遭遇したようなゴブリンの一団のような――部隊を派遣してくるかもしれない。
そう心して細心の注意を払いつつ歩いていったのだが、遂に城のすぐ横に出るまで一切の襲撃を受けることはなかった。
「よし、そこまでで十分です。お疲れ様でした」
山脈に沿って進んだ道が徐々に標高を上げていき、遂には城を下に見下ろす程の高さになったところで京極さんからの許可が下りた。
「そこから南に向かって道が折れていますね。そのまま道沿いに進めば仮説のゲートが設置されています。そこから帰還してください」
言葉通り、折れた道は城の正面の何の障害物もない緩やかな坂道の横に広がっている森の中に続いており、指示された仮設ゲートはその森の向こう側だ。
しかし、これまた襲撃を受けることはなかった。マナブイの設置を行ったが、それでも一切反応はない。
「いませんね。モンスター」
そんな事を言いながらたどり着いた仮設ゲート。
自然の中に突然エレベーターのような扉があるのは冷静に考えれば異常に思えるが、これに入れば次にドアが開く時には元の世界だ。
ならば、いよいよ動画も大詰め。俺と有馬さんは互いにそのゲートの前で互いのカメラ=トラバンドと俺の目に映るようにして立つ。
「さて、いかがだったでしょうか。今回のパスファインダー」
「途中物凄いハプニングと言うかね、凄い戦闘がありましたけども」
「ねえ。びっくりしまたね」
そんな締めのやり取りをしばらく映す。
「それでは本日の動画はここまで、この動画が面白いと思ったら高評価とチャンネル登録をよろしくお願いします!」
俺のその一言が、カーテンコールになった。
その言葉に合わせて頭を下げた有馬さんが締めの挨拶に入る。
「それでは、この動画はアウロスフロンティア第八期候補生、有馬玄と」
「(株)植村企画、潜り屋一条でお送りしました」
「……よし、OK。二人ともお疲れ様でした」
京極さんからの許可。これにてコラボ企画は――先程の言葉通り――ハプニングはあったものの無事終了という訳だ。
「「お疲れ様でした!」」
京極さんとオペレーター、そしてお互いに、有馬さんと俺とは同時に返事をして、それから安堵の笑いを交わした。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




