パスファインダー18
「っの野郎!」
その疑念――というより現実的な懸念を無理矢理頭から振り払って突撃する。
攻める事だ。この状況では逃げ回って時間切れを狙うより、その方が生還する可能性は高い――ジェネレーターのメンタル保護デバイスもその決定を支持してか小便をちびりそうな恐怖心を抑えてくれている。
光の塊のようにさえ見える奴の懐へ一気に飛び込む。
「ッ!」
跳躍するようにして距離をとる奴。
「っと!」
それと同時に放たれた曲刀の斬撃を受け止めて流すと、その時には既に無事な方の体がこちらを向いている。
一瞬の対峙。すぐさま動きは起きた。
「ッ!!」
奴の槍が突っこんでくる。
ギリギリで体を躱すと、それを追うように即座に再度の突き。
二連続の突きを何とか躱して反撃に転じようとした瞬間、その出端を抑えるように、地を這うような斬撃が反対側の腕から放たれ、思わずそこから跳び下がる。
「しまっ――」
そしてそうなれば、そこは再び槍の間合。
「ぐうっ!!」
空間が消滅したような速さの突きを、なんとか紙一重で凌いでその繰り出して来た手を狙って斬撃を返すが、その時には既に引き上げている。
その空振りの隙をつくように放たれる次の斬撃。受け止めた瞬間止まった動きをまた槍が狙ってくる。
「そのまま!!」
「ッ!?」
突然の叫び声。それが有馬さんのものだと分かるのに、そしてその意味を噛み砕くのに一拍置く必要があった。
そしてその間に迫る槍を飛び下がって躱し、それを追おうとして再び振り上げられる曲刀の鍔元へと飛び込んでいく――意味を理解したら、後はそれをやるだけだ。彼女が何を考えているか分からないが、手があるのだと信じて。
「……ッ!!」
振り下ろされる斬撃。下からそれを支えるようにして刃を上にして掲げ、その切っ先で奴の指を狙う
「ぐっ!」
衝撃を股を開いて受け止める。槍は――来ない。
「!!」
代わりに背後から再度の光線が飛ぼうとしているのが分かる。
先程までよりチャージの時間がかかっているのか、口の中に光の蓄積が発生している――その発射口周辺から漏れている光から考えて、弱っているのは事実らしい。
「らあっ!!」
だが、そんなことで安心はできない。
指先は鍔に阻まれ、僅かに表皮を斬るのにとどまった。それを理解した瞬間更に一歩踏み込んで刀を返し、逆胴に斬りつける。硬い、石を斬っているような錯覚さえ覚えるような表皮に刃が食い込み、一度はその体で止まってしまった刃を一気に力を込めて引き抜く。
「この……っ」
傷口を押し広げる効果のあるはずの斥力場生成ブレードさえも押しとどめるその皮膚には驚きだが、今はそれどころではない。
斬撃を食らわせた直後、奴の足が俺の腹を捉えていた。
「ぐううっ!!?」
無理矢理蹴り剥がす。その凄まじい衝撃に一瞬息が止まる。
体が浮き上がり、それを理解した瞬間には天地がひっくり返っている。地面に転がされたと理解したのは、それから更に一瞬後だ。
「ッ!!」
鈍痛の中で頭に思い浮かんだのは、先程の有馬さんの声=そのまま。
「くっ……!」
まずい。引き離されてしまった――その点に気付いた瞬間、体が跳ね上がった。
「あっ」
漏れたのは間抜けな声。起き上がったその時視界に映ったのは、弓を構え、鏃に光を宿した有馬さんと、その有馬さんにまさに光線を浴びせようとしている奴の姿。
口の中にたまった光が既に外に溢れ出している。
「――ッ!」
自分が何を叫んだのかは分からない。
何か言おうとしたというその一点だけが分かっていることで、言語化も、それの内容を脳で認識することもできなかった。
光線が照射される。石像を苦も無く蒸発させるような凄まじい火力のそれが。
まさにその瞬間、その光の源流にもう一つの光が正面から突っこんでいた。
「ッ!」
一瞬の沈黙。時間が止まったような、全てが静寂の中にある世界。
「ぐおっ!!」
それに気づいた直後、世界がそれに気づいたように耳をつんざく轟音と、それに相応しい光。
「……ぁ」
再び目が機能を取り戻した時、光の帯が垂直に空へと駆け上がっていた。
そしてそれに僅かに遅れて、それまで光を垂れ流していた背中と、先程俺が斬りつけた胴体からも、同様に光の噴射が始まる。
「これは……」
漏れだした光はみるみる大きく強くなっていく。
つまりそれは傷口が際限なく拡大しているのだ、という事実に気づいた時には、奴の残されている体の全ての部位から同じように光が漏れ始めていた。
「やった……のか?」
両面宿儺は動かない。
矢を射られた直前の姿勢のまま、時が止まったように立ち尽くして、己の中から湧き上がる光に飲まれて消えていく。
「ッ!」
やがて、砂山が崩れるように、奴の足が折れた。
そしてそれが地面につくよりも僅かに早く、再び閃光と轟音が辺りを包んだ。
「――える?二人とも」
マナによって保護されていた鼓膜が音を拾う。オペレーターの声だ。
「えっ、ああ……」
「対象消滅を確認!やったわね!!」
反射的な応答に返って来た興奮を隠せない、隠すつもりもない声。
改めて奴のいた場所を見ると、反対側でゆっくりと弓を降ろす有馬さんと目が合った。
その間には何もない。ただいくつか打ち上げられた肉片や表皮の断片が、重力を思い出したようにパラパラと落ちてくるだけ。
己の中のマナエネルギーと着弾した矢に宿っていたエネルギーとによって、両面宿儺は、あの石のような表皮に守られた怪物は、一瞬のうちに消し飛んでいた。
これで、今度こそ一安心だ。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




