パスファインダー17
「あっ!」
次の瞬間、奴は一気に後退し、それと同時に180度回転。
まだ傷を負っていない側で相手しようと言うのだろうその動きに合わせて一本の矢が俺を飛び越える。
「ッ!」
振り向きざまの迎撃。風を切る刃をふわりと躱した矢がそのままホップし、その勢いを活かすように傷を負った側を狙って落下する――勿論、先端には光を宿して。
「いった!」
射手の声。同時に光が奴の向こうに消える。
「ギャギッ!!?」
そして叫びと――僅かに遅れた閃光と轟音。
少しだけこちらに吹き飛ぶように動いた奴の体。四本脚でなんとか留まったが、既に自立できない程のダメージであるのは明確だった。
「やった……」
ぐらりと奴が崩れ落ちる。
背中側の顔がどうなっているのかは見えないが、こちら側に向いている足二本が膝をつき、刀と槍を杖代わりに何とか倒れ込まないようにしてはいるものの、既に動くことは出来ないだろう。
その上着弾した側のそれらは既にどこかに吹き飛んでいて、今や奴には一切の抵抗する能力が失われているようだった。
「ナイス」
「おかげさまで」
俺たちはそう言葉と共にハイタッチを交わす。どうなる事かと思ったが、後は止めを刺すだけ。これで一安心だ。
「待って!反応更に増大!!まだ奴は動ける!!」
「「ッ!!」」
オペレーターのその叫びがあるまでは。
叫び声に反射的に振り向いた先に、そいつはいた。
いや、いたのは最初からいたのだ。だが、その姿は果たして先程致命傷を与えた――少なくとも俺たちはそう思っていた――両面宿儺と同じものだと言われて、誰が信じるだろうか。
「な、なに……?」
有馬さんの声に応えるように、奴はゆらりと立ち上がる。
幽鬼の如くという表現があるが、その一本角といい巨体といい、まさしく鬼そのものが立ち上がった姿だ。
「ッ!!」
そしてその鬼の体が怪しく蠢き、聞いていて痛くなりそうなバキバキという音がこちらまで響いてきた。
「なんだ!?」
バキバキ、バキバキと音は続く。何かが折れていくような、質量のある硬いものが砕けていくようなそれの正体は、すぐに明らかになった。
「あっ!!」
残っていた背中側の足が、唐突にその場に崩れ落ちる――ただし、足だけ。
まるで腰から上がなくなってしまったかのように、突然足だけがそこに倒れる。その付け根には無数の細かいヒビが入り、その日々からライトグリーンの光が煌々と漏れている。
だが、そんなものにはそこまでの注目はいかなかった。
同じタイミングで、腕も、そして後ろ側の体もバキバキ音を立てて崩れ落ちていったのだから。
「な、何が起きて……」
これで奴の体は半減。いや、後頭部にはまだ顔だけが残っているはずだ。
「オオオオォォォォォォォォォォォッッ!!!!!」
その後頭部の反対側。つまり俺たちの方を向いている無事な方の顔が咆哮を上げる。
それに合わせるように、それまで後ろの体があった辺りからジェット噴射の如く吹き上がるライトグリーンの光。
「マナ反応急速に増大!これは……」
「蘇った……」
オペレーターの怯えた声。有馬さんの呆然とした声。
それに俺も何か加えようとした。だが、出てきたのは喉の奥の音だけ。
「ッ!!」
そして石像の足元まで飛び下がる。
その動作の一瞬だけ後、前髪に掠めるぐらいのタイミングで残っている体が銛うちのように、俺を頭から串刺しにするべく飛び込んできた。
「一条さん!?」
有馬さんの叫び声に答える余裕などない。すぐさま曲刀の斬撃が追ってくる。
「ぐっ!!?」
回避は間に合わない。慌てて刀身を立てたその瞬間、凄まじい衝撃に吹っ飛ばされる。
幸い石像に叩きつけられる事態は避けられたが、斬撃を受け止めてもこの衝撃だ。ジェネレーターによる強化が無ければその一撃で死んでいたかもしれない。
「一条さ――」
こちらを助けようとした有馬さんの声が遮られる。振り向きざまの槍の穂先が、彼女の板空間を切り裂いていく。
「ッ!?」
何とか躱している――それは相手の動作に逆らわずに斬撃の方向に飛び込んだ姿が見えた時に分かった。
一瞬の安堵。だが、それ以上のインパクトが目の前にある。
「何だこいつは……ッ!?」
有馬さんの方を向いた=俺に背中を向けている。その奴の、煌々と光を発している中に残っている頭=下半分が吹き飛んで、二つの目の下がすぐに口のようにぽっかりと開いている。
そしてその口の中にも発生する閃光。
直感:あれを見たらまずい。
「ぐうっ!!」
起こした体をすぐに有馬さんのように頭から地面に飛び込ませる。直後低い唸るような音と共に、俺のいた空間を巨大な光の帯が通過していった。
時間にしておよそ一秒かそこらだろう。だがその光線はその威力=人間の胴体ぐらいある石像の足を綺麗に吹き飛ばしてクレーターに変えているそれと共に焼き付いている。
「うおっ!!」
だが見惚れている場合ではない。足を失った石像がどうなるか考えれば。
「一条君!!」
オペレーターの叫びが地鳴りのような崩落音に混じる。
濛々と舞い上がる土煙。その中で奴の背中から漏れ続けている閃光が位置関係を教えている。
「二人とも、まだ無事ですか!?」
オペレーターに変わり京極さんの叫び声。
「こちらは大丈夫です!」
「こっちもです!」
少なくとも今はまだ――そう付け加えたい気持ちを抑えて叫び返す。
照射を終えた奴の顔がこちらの方に向く。
「そいつの反応が弱り始めている!恐らくそのままマナエネルギーが漏出し続ければ長くは持たないはずだ!!」
その叫びの間に、当の本人は弱っているとは思えない脚力で有馬さんの方へと飛び掛かっている。
「くうっ!!」
弓を構える暇も、先程射かけた際に納刀した脇差に手をやる時間すらもなく逃げ回るしかない有馬さん。
「ちぃっ!!」
奴の射線に身を晒して突進。エネルギーが漏出している=連続での照射は出来ないという何の根拠もない希望的観測にすがっての行動。
「ッ!!」
そして現実は厳しいと教えるように光を宿す奴の口。
「クソッ!!!」
ほぼ90度向きを変えて回避行動へ。奴の顔がそれを追尾して動く。
「うおおおっ!!!!!」
光線に追いかけられながら走る。一瞬でも速度を緩めればそこで終わりだ。
何とか光が消えるまで走り、それから再度直角に近い角度で曲がって距離を詰める。
しかしその間にも、奴の無事な方の体は防戦一方の有馬さんを追い回している。こちらへの攻撃が飛び道具になったことで、前後同時に攻撃可能になったという訳だ。
確かに奴のエネルギーが無限でなければ、いつかは力尽きるだろう。
問題は、それまで俺たちが生きているかだ。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




