パスファインダー15
今度の洞窟はこれまでよりも遥かに広かった。
体育館のような形と言えばいいのだろうか、かまぼこ型の空間が真っすぐ奥まで続いていて、先程までの様に壁や天井の割れ目から光が差すことはないものの、光りがあれば遥かに遠くまでを見渡すことが出来た。
そして、その見渡す遠くですらまだ出口ではないというほどに広い。
「随分大きいですね」
辺りを照らしながら奥へ奥へと進む俺たち。
「それにこれ……石像?」
「誰か人がいたんでしょうか?」
洞窟の中には所々、様々な形の石像が設置されていた。
その種類は様々で、人間サイズのものからその足元にしかないもの。赤や緑でカラフルに彩られたものから黒一色に塗られたもの、或いは全く何も塗られていないもの。人型のもの、動物型のもの、巨大な顔だけや全身像と、多種多様な石像が道の左右に並んでいる。
どれも自然のものではない。という事は、誰かがここで作ったのだろうか?もしかしたらこの広い洞窟自体も?
そんな考えが頭の中を巡り、そして――唐突に中断された。
「前方、反応が多数!」
「了解。こちらも見つけた」
オペレーターの声と、同時に俺の手の中のライトが照らし出した天井の一角=蠢く黒い影に埋め尽くされたそれによって。
「犬コウモリか……!」
その名の通り、犬のような頭を持った大型のコウモリ。当然接近した者にはその牙でもって襲い掛かるそのモンスターの群れが、侵入者に気付いて唸るような鳴き声を上げている。
「ライトをそのままで」
有馬さんがそちらに弓を構える。当然、手がふさがるため光源は俺の一つだけになる。
「了解」
答えた時には既にもう一つの明かりが灯っていた。鏃を包む放電と共に。
「ッ!!」
光の中、犬コウモリの群れが俺たちを包み込もうと一斉に飛び立つ。
通常のコウモリ同様超音波で周囲の状況を感知しているという犬コウモリは、他の個体の超音波も当然分かっているのだろう。まるで計ったように一斉に動き出し、黒い雲のような群れを成している。
その雲のただ中に飛び込む光の矢。一斉に雲に穴が開き、自分たちを狙ったそれを回避する犬コウモリたち――その程度の回避では意味をなさないと分かった時には、幻聴、幻覚、船酔い、金縛りの四重苦に悶え転がる事となっていた。
「ナイス」
群れの中央で起爆した矢は、その黒い雲を一撃で文字通り雲散霧消させている。
残っているのは止めだけ。マタンゴよりもはるかに小さく、故にちょっとした傷で致命傷になる相手だ、一刺しだけで十分。
作業のようにそれを繰り返し、危険が去ったことを確かめてから再度前進。同時に新たなマナブイを設置していく。
「ここからちょっと上り坂ですね」
緩やかに登り始めてからも、洞窟の広さは変わらず、真っすぐに奥へと伸びている。石像の群れも変わらず、それどころか数を増やしてきている。
「やっぱり誰かいた……?」
「でも、ダンジョンなのに誰が?」
まず考えられるのはゴブリン達だろうか、先程も何体も死体を見たように、ここに連中が足を運ぶこともある。
だが、連中にこんなものを作る文化があるのかは分からない――財団なら何か研究しているかもしれない。もし忘れず、興味が続いていたら、帰ってから調べてみてもいいかもしれない。
「おっ」
「光が……」
一旦思考を打ち切る。
ライトの向こうに見えてきた坂の頂上がぼんやりと明るくなっている。ライトをそちらから外しても同じ=見間違いではない。
その頂上が目の前に迫った時に、それは確信に変わった。
真っすぐに伸びた坂の終わりは、入口と同じような、しかしいくらか天井が低くなっているぽっかりと空いた穴。そこから差し込む光で、ライトが要らない程の明るさを維持している。
「ようやく出口ですね」
坂を上り切って穴の向こうに目をやる。既に滝の音は聞こえない。
「これって……」
そしてその明かりの中で気づく、この広間の環境。
周囲には先程と同じような石像が並んでいる。ただし先程までと違い、今度のは天井に届くほどに大型だ。
その大きな石像がぐるりと広間を囲むように並び、所々首や上半身の部分が破壊されている。
そして何より異なるのは、まるでそれらの石像に奉納するように並べられた、槍ぐらいありそうな巨大な曲刀。
刀身に特徴的な装飾の入ったそれは、恐らく儀式用なのだろう。うねるような模様が幾重にも重なった独特な刀身が光を受けて僅かに光っている。
それと同じような大きさの槍――こちらも全体の半分ぐらいを占める穂に同じような模様の入っているそれが、曲刀と交差するようにしておかれていて、そのセットが二つ、同じような石の台に乗せられていた。
「何かの儀式……でしょうか?」
有馬さんがしげしげと眺めながら、トラバンドにもそれを映させる。
横で見ていた俺、そして俺たちの映像を見ているオペレーターと京極さん、その誰が最初に気付いたのかは分からない。
「これ……ただの儀式用じゃない……」
最初に声にしたのはオペレーターだった。
宗教的な紋章が刻まれた台の上。本来は儀式的なものだったのだろうその刀と槍には、その模様に沿ってまだそれほど古くない血の乾いた後がはっきりと残っていた。
つまり、実用品という事。それも結構最近にそうされたという事だ。
一体誰が?その疑問を遮るオペレーターの声。
「警戒して!後方から強大な反応が高速接近!数は1!」
反射的に振り返り、広間の中央に移動する俺たち。それとほぼ同時に、坂から飛び上がったのだろうその影が、俺たちの上を軽々と飛び越えた。
「「ッ!!?」」
二人同時に振り返る。
入口の光に浮かび上がっていたのは、四本腕の異形。
そう、異形だ。そうとしか呼びようがない。
「なんだ……こいつは……」
身長は2mを超えている。四本の腕は全てギリシャ彫刻のような逞しさで、その巨体に相応しい長さを誇る。
そしてその体を支えている足は四本。それも、二本がこちらを向き、もう二本はかかとが見える=後ろを向いている。
極めつけはその頭。右眼の上に鋭い一本角をはやした顔は、知識の中にあるもので言えば鬼としか呼べない。
だが、普通の鬼ではないのは明らかだ――本来後頭部があるはずの所に、同じ顔が後ろを向いてついているのだから。
二匹の鬼が背中合わせに繋がった姿――そう呼べば、大体の説明にはなるだろうか。
「オオオォォォ……」
その異形の鬼は、地響きに似た声を上げながら、長い腕に武器をとる。台の上に置かれていた槍と曲刀をそれぞれの左右の手に。
直感的に理解する。あのゴブリン達もミイラも、この異形が殺したのだ。
その理由は分からない。ここいら一帯がこいつの縄張りだからか、或いは徘徊騎士のように敵を見つけては殺すのを繰り返しているのか。
だがひとつだけ明らかな事がある。奴は俺たちも殺すつもりだ。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




