パスファインダー14
光が収まったあと、室内の様子は一変していた。
まばゆい閃光はマタンゴたちに絡みつく淡い光へと姿を変え、それに取り込まれたマタンゴたちは皆、その場にひれ伏すように倒れ、時折痙攣する様に不規則に震えているだけ。
「オォ……」
「オオォ……」
時折聞こえてくる唸り声のような音がマタンゴたちの中から聞こえてくることはすぐに分かった。
声は出せる、つまり生きてはいる。だが、不規則な痙攣以外に動く様子は一切ない。
「これは……」
「成功ですね」
弓を降ろした有馬さんがほっとした様子で呟き、それから目の前の戦果を眺めて続ける。
「あの閃光は、マナの濃度や動きを一時的に乱すことができます。そしてそれは、マナが体内を流れているモンスターのであっても例外ではありません。彼らは今そのマナが異常をきたして動けなくなっている。死んではいませんが、恐らく、幻聴、幻覚、船酔い、金縛りが一緒に襲ってきたような状態でしょう」
なんともえげつない攻撃手段だ。
とはいえ、助かったのは事実だ。
「とにかく、これで進めますね」
そう言って有馬さんは倒れ伏しているマタンゴの横を通り過ぎた。
「助かります」
そう言って俺も後に続く――と、不意に彼女が足を止めた。
「「……」」
それが何なのか、俺にもすぐに分かった。
彼女は先程検めたミイラの方に向き直っていた。
元々びっしりと生えそろっていたキノコたちによって隠されていたのに加え、今ではマタンゴたちの中に混じってしまっているが、それでも一度認識してしまえばそれを意識から除外するのは難しい。
そのミイラに、彼女は静かに合掌していた。
「……」
立派だな。それが正直な感想だった。
彼女が両手を合わせている間トラバンドが周囲を警戒し、道を探している=つまり自分の姿を映していない。
配信者としての自分が語る。見てくれの良い少女がその姿を誰かに見せれば、間違いなく評価は上がる。
「ご冥福を……」
だが彼女は死体も、それに手を合わせる自分も映さないで真摯に祈っている。
不慣れなだけと言えばそうかもしれないが、少なくとも俺には悪い事には思えなかった――ちょろいと思われればそれまでだが。
まあ、とにかく。何とか危機を脱した俺たちは徘徊騎士の出てきた正面の通路に向かう。
「先程の攻撃でマナブイの映像が乱れている。詳細が分からないから出会いがしらに注意して」
オペレーターからの声に、俺たちは同時にダガーと脇差をそれぞれ手にした。狭い通路内での出会いがしらでは多少のリーチよりも取り回しと最初の一撃が全てだ。
道は緩やかな下り坂になっていて、いくつも枝分かれと合流を繰り返し、時折折り返しながら下へ下へと向かっている。
何度か道を間違え――というかより現実に即していえば迷って総当たりして――先程の部屋から伸びていた他の通路と繋がっているということを知りながら、更に道を進む。
「さっきの閃光ですけど」
「はい?」
通路同士が繋がっているという事を知った時、ふと気になったことを有馬さんに尋ねる。
「連中が動けなくなっていただけってことは、そのうち復活するってことですよね?」
「そうですね――」
答えながら有馬さんも背後を見る。つまり、先程までの部屋=マタンゴの大群がまだいるだろう部屋に通じている通路の合流点を。
「しばらくは大丈夫だと思いますけど、早く脱出した方がいいと思います」
その結論に達してすぐ、不意に先程と同じ滝が目の前に現れた。
まだ滝つぼまでは高さがあるが、あの四本腕が伝って降りて行ったのが分かる程、よく見れば滝を囲む絶壁には飛び出した岩やその隙間から生えた、それなりの太さの木の枝がある。
そしてその降りて行ったであろう俺たちのすぐ下=滝つぼの辺りにもう一つの洞窟があるのも、またよく見えた。
「もう一個洞窟があるんですね……」
「ええ……」
俺たちの頭にあったのは同じ感想だっただろう。
即ち、あの洞窟の中にさっきの四本腕がいるかもしれないと。
「「……行きましょう」」
そして残念ながら、アリの巣のようにこんがらがったこの洞窟の中を――マナブイが無くてもマッピングできるぐらいに――迷い続けた結果、あの洞窟に通じる道が唯一この洞窟からでる方法だと分かっていた。
その道に出る分岐まで戻り、そちらへ。
「その辺りでもマナブイの設置を」
「了解」
オペレーターからの指示に従いこれも設置。
一応洞窟の中でも、あの部屋での光の影響を受けていない場所ではマナブイを設置していたが、恐らくこれでほぼ全てのエリアを網羅したことだろう。
言われた通りにマナブイを設置して、すぐに外へ。
久しぶりに出た屋外で最初に待っていたのは、ごうごうと凄まじい音を立てて垂直に流れ落ちる滝の水量だった。
「おお……」
思わず、その頂上を見上げる。
落ちてくる水は全てがこの滝つぼに注がれる訳ではなく、一部が途中で霧状になっているのか、空気が湿っているような気がしてくる。
「一条さん、これ……」
ふと声の方に振り向いた。
「……」
どことなく神秘的な、それこそ、モンスターの危険が無ければ観光スポットにもなりそうな風景のすぐ近く。例の洞窟がぽっかり口を開けるその目の前にそれはあった。
「ゴブリン……」
「ええ……」
複数のゴブリン。それも、何者かに切り裂かれた、まだ新しい死体。
恐らくここで戦闘になったのだろう。ゴブリン達は皆武装しており、争った形跡が多くみられる。
死体が全てかなり近くに転がっている事から、仲間がやられて逃げ出した個体もいなかったのだろう。
「或いは……」
そうする暇もなくやられたのか。
少なくとも、相手のリーチの内側に入った時点で助からなかったというのは、鍋の蓋みたいな円形の盾を持ったゴブリンが、その盾ごと貫かれて転がっていることで明らかだった。
「この奥か……」
その死体たちから正面の洞窟へ目を向ける。
それまでより何倍も大きい間口と、奥へと真っすぐ伸びている形状。
「「……」」
俺と有馬さんは互いに目を合わせた。
これをやった張本人がいるかもしれないそこに向けて進むのだ。
「行きましょう」
「はい」
もしかすれば、俺たちのどちらかか両方が、このゴブリン達と同じ目に遭うかもしれない――その事実を噛みしめながら、真っすぐ伸びているその奥へと足を踏み入れた。
(つづく)
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