再起動3
この話は、面接の際にも説明されていた――ここでの会話は一切他言無用という誓約書付きで。
山名財団は小規模な組織で、職員を維持しているのでやっとだ。
しかし彼らの研究対象は、当然ながらモンスターが跋扈する危険な場所でもある。
一応特別遠隔地管理機構という、現地で活動する研究者や企業の支援・警護を担当する政府機関も存在するのだが、残念ながら財団はその対象に含まれていない。
ではどうするか?戦闘員を常時抱え込むのには金がかかるし、そもそも特別遠隔地=異世界の活動には色々と制約があり、配信事務所や向こうでの活動を認められている企業や団体以外が明確な武力と認められる組織或いは個人を用いるためには都度審査がいる。
ならば、とその法の抜け道としてその都度どこかの配信者を雇う、俗に「企業案件」と呼ばれる方法も面倒な上に機密保持その他の面で問題がある。
ならその中間、日ごろは配信者として活動しながら必要に応じて戦力として使える人間を確保しておきたい――そんな正規軍と傭兵の中間みたいな立場が俺、ひいては(株)植村企画という訳だ。
表向きはごく普通の配信者、しかしてその実態は財団の私兵――用心のために誓約書を書かせる内容としてはまあ適切と言ってもいいだろう。明確な違法行為ではないとはいえ、胸を張ってシロと言えるかと問われると答えに窮する話だ。
もっとも、前例が無い訳ではないし、よほどの事態――例えば明確に犯罪を企図しているとか、破防法適用団体であるとか、対象となる配信者に逮捕歴があるとかでもない限り機構側も暗黙の了解として黙認している。
そもそも配信者が活動する場合には必ず特別遠隔地管理機構に登録が必要となり、そしてば管理機構に登録した=異世界での活動を認められた配信者及びそれらが所属する組織は、不定期に発生する査察と定期的に要求される活動記録の提出さえクリアすればその活動内容については自由裁量が認められている。
財団としては配信業のノウハウなどないし、自分のところの職員にしておくような余裕もないから普段は自分たちで自活せよという事だろう。一応固定給は出るところからびた一文突っ込んでない訳ではなさそうだが。
「はい。分かりました」
その後はいくつかの事務手続きを済ませて社長は席を辞した。
残っているのは俺と、その専属オペレーターだけ。
「では、このまま初配信についてのミーティングと行きましょう」
彼女はそう言って俺の正面に座った。
企業所属の配信者にとって、オペレーターと二人三脚の配信は最早かなり一般的になってきているが、オペレーターの業務内容については企業ごとにまちまちだ。あくまで配信中の情報支援に留まるところから、実質マネージャーや営業を兼務している場合まで。
我が社におけるそれは、その中間と言ったところらしい。配信者としての諸々の準備は俺の責任でもって自分でやり、彼女は配信中の情報支援やその前段階、つまりいつどこそこに行って何をするべきかの情報収集はしてくれる。
「経験者とのことなので、配信についての細かい点については省略しますね」
そう前置きしてから話し始めた宍戸オペレーターは、彼女もまた経験者であると分かる口ぶりと手際だった。
「単刀直入に行きましょう。勘を戻すまでどれくらいかかります?」
配信者としての勘――そんなものがあれば底辺個人配信者などやっていない。
となれば後は体、配信以前の問題として、現地で十分に活動できるかという点だ。
「まあ、そうですね……一週間頂けると」
幸い、就職してからも未練タラタラで体力維持のための運動は続けていたのだ。加えて面接の日から今日まで現役時代と同じトレーニングに戻していて、体に異常も起きていない。
あとやることをリストアップ:これまた未練で残っていた装備を身に着け、全備重量での体力練成。幸い可能なコースと時間は把握している。とはいえ武器は持ち歩けないのでダミーウェイトで代用するとして、あとはVRトレーニングを使用しての戦闘訓練。最終日に一日休養。
少しきついが一週間でなんとかできるはずだ。
「分かりました。では一週間後、生で行きましょう。いくつか良さそうな場所をピックアップしておきます」
中間と言ったが、かなり色々やる側の人かもしれない。
そう思っていると顔に出たのか、彼女はクスリと笑って少しだけおどけた様子で言った。
「私も元々経験者ですから」
「やっぱり。前はどちらに?」
返って来た名前に、俺はハッとして妙な緊張感が背筋を走った。
「エイギルBCSでした」
その名前は、業界においてはかなりの有名どころだ。
エイギルBCS。俺の個人時代には業界の覇権を握っていたと言っていい大御所。
オペレーター制を導入した草分け的存在の配信事務所で、現在の二大企業を始めとした多くの配信事務所で採用されている配信者とオペレーターの分業制はほぼこの会社の生み出したシステムをそのまま使っていると言っていいほどのパイオニア。
――そして、一般に「サーデン湾事件」と呼ばれる悲劇的な事故によって所属する主要配信者を失い倒産した企業だ。
「ああ、そんなかしこまらないで。同い年ですしパートナーなんですから気楽に」
当時の事を知っている人間の反応を理解して、彼女はそう付け足した。
「……そうですね」
「ああ、それで、本番前に一日、どこかで合わせやりたいんですけどVRで」
配信の有無に関わらず、モンスターが徘徊する異世界にいきなり現地入りして……というのは流石にリスキーであるため、現在では訓練のためにかなり再現度の高いVRトレーニングを行う事が出来るようになっている。単純に向こうの雰囲気を味わうだけでなく、実際にオペレーターと共に配信に近い環境を作って訓練することも可能だ。
「了解です。自分はいつでも」
その調子で打ち合わせは進み、初配信までの予定は大体たった。
後はその日に合わせて自分のコンディションを整えておくことだけだ。
「それじゃ、よろしくお願いしますね。パートナー」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
打ち合わせを終えて、管理機構に送る書類に必要事項を記入して会社を出ると、新たな、そして初めてのオペレーターに別れを告げ、いよいよ第二の配信者人生が始まるという実感とともに、俺は今日のトレーニングメニューについて考えていた。
それからは毎日、予定通りのトレーニングの日々だ。
数日後に管理機構から登録証が届き、これで準備は整った。
(つづく)