パスファインダー13
キノコ人間。そう呼ぶのがきっと適切だろうその徘徊騎士は、最早かつて戦った個体のような戦闘能力を有してはいないという事は、そのいかれた外見と、何より動きで見て取れた。
金属音は鎧と岩肌が当たった時に出ていたのだろう、フラフラと安定しない動きで、まるでゾンビのように一歩ごとに体を左右に揺らしながら近づいてくる。
だらりと下げた剣の切っ先が岩の床に擦れてからからと音を立て、かつての隙のなく、油断ならない騎士の姿はそこにはない。
ただなんとか鎧によって人の姿を保っているだけの怪物だ。
その怪物が、不器用にからから引きずっていた剣を振り上げて近寄って来る。
「くっ……」
キノコを斬れば動きが止まるのか――それは分からないが、鎧相手のセオリーはそれ=非装甲部位への攻撃だ。
奴が距離を詰めてくる――それを想定して構えをとった瞬間、奴の鎧を矢が貫いた。
直後、内側から鎧が爆ぜ、胞子が辺りに舞い上がる。
回避も反応もしなかった徘徊騎士の成れの果ては、そのまま力なく崩れ落ちていく。
「ナイス」
振り返ってそう呼びかけると、どうやら彼女も立ち直ったようだ――精神保護デバイス様様。
「これ、やっぱりマタンゴたちがやったのか……?」
改めて倒れた徘徊騎士に目を落とす。
「わかりません。でも――」
そう言う彼女の目は、今倒した方ではなく、先程発見したミイラの方に向けられていた。
「この死体、何か鋭利な刃物で切られたような傷があります」
そう言いながら、彼女は弓の先端でミイラの体に走った傷跡を示した。
ジェネレーターに搭載された精神保護デバイスの性能を思い知らされる。
この短時間に状況に適応し、その上で冷静に死体の検分までできるようになっているのか。
だが、そうだとしたらあのマタンゴたちがやった訳ではなさそうだ。マタンゴの攻撃手段は濃縮した胞子のばら撒きと、体ごとぶつかるようにその短い腕で殴りかかって来るぐらいしかない。牙や爪は無論、徘徊騎士のように刃物を扱う事もないはずだ。
「じゃあ……」
「何者かがこの人をやって、そこにキノコが生えて……って事でしょうかね」
その説明に付け加えたのは通信越しの京極さんだった。
「……恐らくですが、以前調査を行った配信者でしょう。強大な反応があるというのを最後に消息を絶っていましたから」
その強大な反応というのが徘徊騎士なのか、或いは別の何かなのか、爪や牙、或いは武器の類を持っているモンスターということだろう。
――強大な反応と聞いて最初に思い浮かんだのは先程の四本腕だが、あれが今挙げた特徴を備えているとすればあまりに厄介だ。
「とにかく、その辺はマタンゴの生息域になっているようです。大量のマタンゴが存在する可能性も――」
そこで割って入ったオペレーターの声。
「移動する反応多数!その部屋を包囲する様に動いている!」
フォグを見間違えた訳ではない――目の前で実際に姿を見せたのだから。
「来たか……」
噂をすれば影という言葉通り、マタンゴの大群。
ここに通じるあらゆる通路から、わらわらと現れるそれが、ゆっくりと部屋を埋め尽くしていく。
「くっ……」
「数が多すぎる!」
俺と有馬さんの判断は一瞬で合致した。
跳び下がるようにして敵のいない唯一の方向=入口へと後退。
だが、それ以上は下がれない。来た道を戻っても一本道だ。ゴブリン達の様に迂回することも出来ない以上、退却の許可がなければ下がることは出来ない。
頭に浮かぶ対抗策:イージスを使う。
「いや……」
しかしそれにも問題はある。
マタンゴの動きは決して速くはない。だが、足が遅くとも津波のように密集して迫って来るなら話は別だ。
その上連中一匹一匹が機関車のように笠から胞子の噴煙を上げているとあっては、下手に近づくのは危険だろう。
「なら……」
振り向いた時、彼女は既にその気だった。
弓につがえた矢を、向かってくるマタンゴの津波に向け、その鏃に光が宿る。
「待って!」
と、そこで京極さんからのストップ。
「大火力での攻撃は危険です!」
「しかし、このままでは――」
有馬さんの言葉を遮って、さらに理由が続く。
「この洞窟の壁をよく見て。そこら中に亀裂が入っている。全ての敵を巻き込めるだけの爆発を起こせば、落盤の危険があります」
「あ……」
言われてその可能性に気付く俺たち。
そうだ。ここは屋外じゃない。吹き飛ばせば他のものにも被害が出る。
「……了解しました」
有馬さんが答えると同時に鏃の光が消える。
だがだったらどうすれば――その言葉を発するよりも前に、再び鏃に光が宿った。
「えっ」
「なら、爆発を起こさず動きを止めます」
そう言ってその光を更に強めていく有馬さん。
それまでの光と異なり、バチバチと放電現象のようなものを纏ったそれが、鏃全体を包み込んで更に巨大化していく。
「一条さん、念のため私の後ろへ。巻き込むかもしれませんから」
それと閃光に注意して――そう付け加えられて、俺も指示に従った。鏃の光は、今やサッカーボールぐらいの大きさになっている。
「……ッ!」
津波が部屋の真ん中あたりまで埋め尽くした時、その光の塊がその真上の空間めがけて飛んでいった。
全て出尽くすのを待っていたのだろう。全ての通路の付近にマタンゴがいなくなったのが目に入ってそう思った瞬間の出来事だった。
「ッ!?」
そしてその直後、強烈なフラッシュが部屋全体を包み込んだ。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




