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ある出戻り配信者の顛末  作者: 九木圭人
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「今のは……」

 声に振り向くと有馬さんが俺の顔を覗き込んでいる――多分俺がしているのと同じような表情で。

 既に奴の姿はない。

 ほんの一瞬視界を横切ったその謎の影は、一瞬のうちに俺たちの前から消えて、今はただ滝の音だけが辺りにどうどうと響いている。


「オペレーター、今の奴は!?」

「映像には一瞬だけ映ったけど、ブイには今は何の反応もない。既に近くにはいないはず」

「私たちを待ち伏せしていたって訳じゃないんですね」

 オペレーターの言葉に有馬さんが返すと、オペレーターもそれに同意した。

「少なくとも今は。とはいえ、前にしか進む道はありません。アレが何なのかは映像の解析を行いますが、十分警戒して進んでください。何か分かったらお伝えします」

 現状他にやりようもない。

 既に設置したブイの範囲外に脱出したというのであれば、彼女の言う通り、今は警戒して進むより他にないだろう。少なくとも、今すぐこちらを始末する意思はなさそう――ただ単にこちらを見つけていなかった=見つけたら襲い掛かって来るという可能性も含めて。


「「了解……」」

 二人ともその結論に至り移動を再開。

 洞窟の出口は滝をぐるりと囲むように反対側に続いていて、飛び跳ねる水滴が常に路面や石壁を濡らし続け、そこかしこに苔が生している。

「足元に注意を」

 当然、てらてらと光っている黒い石の足場は滑りやすく、その狭さゆえに崖側に落ちればまず助からないのは容易に想像できた。

 先程の奴と戦闘にならなくてよかった――改めてそう思いながら注意深く歩を進める。


「これは……」

「嫌な予感がしますね……」

 目に見える変化がこの先について警告してきたのは、滝の正面を超えた辺りだった。

 濡れた石を覆う苔。常に水気のあるこの辺りの石を覆うそれがその辺りから徐々にキノコ変わり始めていて、滝を挟んで先程の出口の反対側に回った辺りではほぼ完全にキノコにとってかわられている。

 つまり、そしてその中にぽっかりと空いた、もう一つの洞窟の入口。その中がどうなっているのかは、最早手に取るように想像できた。

「いますよね……」

「多分……」

 問いと答え、ともにそれだけでどういう状況かは分かる。

 それぞれの得物に手をかけ、キノコに覆われた道を進む。


「オペレーター、状況を」

「その先の洞窟内から複数の反応を検知。いや、待って……」

 一瞬の沈黙。僅かな時間でも不安を掻き立てるのには十分。

「反応する数が多すぎて高濃度のフォグになっている。恐らくキノコだと思うけど、中にマナを蓄えた何かが大量にあると思われるわ。正確な数が把握できないから、モンスターに注意して」

 どうやら、マタンゴとも言い切れないものがあるようだ。

 その説明を聞きながら、ちらりと洞窟の中に目をやる。


「成程ね……」

 そこに広がっていた光景で、彼女の説明を全て理解した。

 ぽっかりと広い空間。先程までと同様、天井や壁の割れ目から無数の光が差し込んでいる。加えてどうやら天井にある穴はかなり大きいらしく、ほとんど外と変わらない程の光量を確保していて見通しは良い。

 そしてその日当たり良好な環境にもかかわらず冷たくジメっとした空気は変わらず、その上外のキノコ天国から想像できる通りの世界――辺り一面キノコの群生地だらけ。


「これは正確な個体数なんか分からない訳だ」

 幸いそのキノコたちのどれも動くことはないようなのが分かり、足を踏み入れる。

 菌輪という先程聞いた言葉をまさしく例示する様に大小様々な円形にキノコが群生していて、それらから発せられたのだろう胞子が辺り一面に散らばり、壁や天井から差し込む光を受けてキラキラ輝いている姿は、どことなく神秘的ですらある――その正体を知らなければ、だが。


「やっぱりキノコだらけですね……」

 俺に続いて中に入った有馬さんも呆れ半分と言った様子で呟いている。

 しかし周囲を見回すと、この部屋でさえ控えめなのだろうと思えるほどの有様だ。この洞窟、ここが大広間のようになっているようで、いくつかの通路が壁から伸びてきている。

 だが、その半分以上はガスマスクや防塵マスクの類が無ければ近づきたくないレベルの胞子が飛び交い、足元も壁面も天井もなくキノコの塊になってしまっている――正解のルートがあの中にあったら絶望的だ。

 それに比べれば、まだ普通の足場が半分以上であるこの辺りはきっとマシな方なのだろう。


「しかし……凄まじいな」

 そのキノコの一大繁殖地の中を奥へと進んでいく。

 天井が高く十分なスペースのあるこの空間は奥に長い構造をしていて、一番奥には人が通れるよりも大きな通路がぽっかりと口を開けている。

「……ん?」

 その奥から、背後の滝の音に混じって金属のぶつかり合うような音が聞こえてきたと思った瞬間、背後から引き攣ったような声がした。

「……ッ!?い、一条さん!」

 その声に反射的に振り返る。

 あるキノコの群生地を指さす有馬さん。その表情は、成程声に相応しい。

 指先が群生地の真ん中、僅かに盛り上がっているところを向いていて、それとは逆にトラバンドはそれを避けている。


「こ、これ……」

 彼女の指さした先。キノコが密集して膨らんでいる地形――いや、膨らんでいる何か。

 その正体に気付くのに時間はかからなかった。

「ッ!?」

 きっと彼女と同じ表情をしているのだろう、喉の奥がヒュッと音を立て、一瞬呼吸が止まる。

 心臓が硬直したような感覚と同時に頭に入って来る視覚情報――キノコの膨らみの正体。


「これって……」

「……死体だ」

 それは岩でも、土の盛り上がったものでもない。

 既に長い年月が経過しているのだろう、ミイラ化して最早年齢も、性別も分からないぐらいになった死体。

 そんな干からびた死体ですらも、他の岩場よりも栄養があったのだろう、びっしりと隙間なくキノコが密集して、苗床になっている。


「……!!」

 不意に気になって辺りに目をやる。

 同じようなキノコの群生地がいくらでもあるが、よく見るとその中には地形のものとはことなる隆起が見られるものもいくつかある。

「これは……」

 ミイラの近くの同じような隆起に目を凝らすと、答えはすぐに出た。

 こちらはゴブリンの死体。しかも、ミイラよりも遥かに最近の。

 ここで死んだのか、或いは――。

「マタンゴにやられた……?」

 その答えの代わりのように、一瞬頭の中から弾き出していた先程感じた異音が、一際大きく響いた。

「ッ!?」

 奥の通路、その前に立っている黒いプレートアーマーと長剣に長方形の盾。

「徘徊騎士……」

 かつて戦った甲冑騎士型のモンスター。

 ただし、その姿はあまりに変質していた。


「こいつもか……!」

 そのプレートアーマーは、白兵戦で狙うべき隙間、股間、膝、足首、脇の下、肘、内籠手、視界確保のためのバイザー、首――そうした全ての隙間が塞がれていた。大小無数のキノコによって。


(つづく)

投稿遅くなりまして申し訳ございません。

今日はここまで

続きは本日19時頃に投稿の予定です。

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