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ある出戻り配信者の顛末  作者: 九木圭人
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「マタンゴか……」

 呟いた声は当然聞こえないようにボリュームを落としている。

 奴はまだこちらに気付いていない。時折立ち止まって頭の笠をゆらゆら揺らし、そこから舞い上がっている胞子を地面に撒いては、また歩き出して別の所に胞子を落としていく。

 その軌道に気付いた有馬さんがぼそりと呟き、京極さんが通信の向こうで反応した。

「円形……?」

「恐らく、菌輪というものでしょう」

「きんりん……ですか?」

 聞こえてきた耳慣れないワードをオウム返しする有馬さん。かくいう俺も初めて聞く言葉だ。


「キノコの類にはたまに見られる現象で、輪を作るように群生することを言います。原因についてはまだよく分かっていませんが、恐らくマタンゴも同じように環状に繁殖する習性があるのでしょう」

 つまり、あのマタンゴは今まさに繁殖行動の真っ最中という事。

 苗床を探しているという見立ては正しかった訳だ。

「……暗くてジメジメして涼しい。ここはキノコには理想的な環境です。他にもいるかもしれません。警戒を強めてください」

 そう締めくくった京極さん。この情報に関しては信用していいだろう。マタンゴが繁殖活動を行っていると言う事は、つまりそれに適している土地という事だ。


「「了解」」

 応答後、辺りの様子を確認する。

 洞窟内には他の道も、丁度いい遮蔽物もない。あのマタンゴを避けて通るのは不可能だ。

「「……」」

 目を合わせる俺たち。迂回できないなら、先手を取るしかない。

「行きます」

 そっと告げて、有馬さんが音を立てずに矢を遠ざかっていくマタンゴの背中に向ける。


 一瞬の静寂。ほんの僅かに輝く鏃。

「……そこっ」

 マタンゴが足を止め、また胞子をばら撒き始めた瞬間、その矢は一直線に揺れるマタンゴの側頭部に突き刺さった。

「よし!」

 瞬時にマタンゴの頭部――頭と体の区別などない体型だが――が膨れ上がりそして炸裂する。

 矢に込められたマナの力による起爆。問題なく一撃でマタンゴを処理――そのはずだった。

「くっ……!」

 その異変に気付いて、俺はライトのために納刀していた刀を抜き放って飛び出した。

 爆発はした。確かにマタンゴの頭部は大きく抉れている。だが、この歩く菌糸類はそれだけでは倒せない。

 ――いや、多分本当なら斃せているのだ。100%爆発のダメージを与えていれば。


「……!」

 襲撃者に気付いたマタンゴがこちらに向き直り、極端なまでにその体内に窪んだ、黒目だけの眼球でこちらを睨んでいる。

 その頭上では、破れた笠から噴煙の様に胞子を噴射している。

 着弾時。間違いなく爆発は奴の体内に重篤なダメージを与えていた。だが問題は、その爆発が奴の笠を内側から破って、エネルギーを外に放出してしまったことだ。奴は損傷し、しかし未だに動けるだけの体を残している。


「このっ……!」

 のたのたと向かってくる死にかけのマタンゴに一閃。大きくばっくりと開いた柄の部分からも出血の様に胞子が噴き出す。

「ゴ……」

 そんな音を残して、今度こそマタンゴは倒れた。

 舞い降りてくる胞子を避けるように距離をとる。モンスターの研究によると余程抵抗力が落ちている状態でない限り生きている人間にキノコが生えることはないらしいが、それでもあまり近寄りたくはない。

「反応消失。マタンゴ撃破を確認」

 オペレーターの言葉でようやく俺も勝利を確信する。これで一安心だ。


「すいません。ありがとうございます」

 有馬さんが駆け寄ってくる。

 彼女からしても予想外の事態だったのだろう、驚きが隠せない表情が、すぐ近くに転がるマタンゴの死骸に向けられている。

「あれで動けるなんて……」

「これを見てください」

 胞子が落ち着いたのを確かめてから、マタンゴの笠の方に回って切っ先でそれを示す。

 椎茸の飾り切りみたいな十字の傷がばっくり開いていて、そこからマナが噴き出したのだろうというのがよく分かる。

 その姿が、ソロ時代に見聞きした記憶を蘇らせた。

「こいつらは笠の部分が比較的薄く出来ていて、加えてその直下は空洞になっています」

「弱点……ってことですか?」

「いえ、むしろ今みたいに強力なエネルギーを逃がして他の部分の破壊を防いだり、空洞部分を活かして、表皮を貫通した攻撃の勢いをそこで殺す役割があると聞いたことがあります」

 もっとも、実際に見るのは俺も初めてだったが。


「じゃあ、マタンゴを攻撃する時は……」

「笠やその直下を避けて……よいしょっと」

 件のモンスターの死骸を足でけり転がして仰向けにする。

 繊維状のその表皮が先程の一撃でばっくり開いているのが見えるように。

「こうやって、胴体を狙った方がいいと思います」

「なるほど」

 自分で自分を手本にしろと言っているようでなんだか恥ずかしい気もするが、今後もマタンゴと遭遇するかもしれない状況を考えると、彼女にも倒し方を知っていてもらった方が安全だ。


 そんなレクチャーを終えて、再び俺たちは先へ進む。

 所々から差し込む光で明るさが確保されているのはこの部屋だけのようだが、その先は既に出口であることを、差し込む光と、その方向から聞こえてくる滝の音が雄弁に物語っている。

「もうすぐ洞窟の出口に差し掛かります。次のブイはそこで」

「了解」

 オペレーターからの指示。既に見えている洞窟の出口の辺りに設置すればいいだろう。

 ここから見える出口の外の世界は、音が示しているように滝の目の前のようだ。一歩ずつ出口に近づくにつれ、ひんやりとした空気は一層冷たく、床や壁がしっとりと水気を持ち始めて、やがてそれが明確に濡れているという感触に変わる。

 そしてその濡れている出口のすぐ外には、入り口側より明確に苔むした小道と、それにぐるりと囲まれた巨大な滝。その向こうに見えるもう一つの洞窟。


「ここまでのブイの限界はその滝の辺りよ」

「了解、ならここだな」

 オペレーターからの報告を受けつつ周囲の安全確認。

 敵影はない。洞窟の出口、苔の広がる岩場にマナブイを設置しようと視線を下げた、まさにその瞬間だった。

「待って、高速の反応――」

「あれは!?」

 オペレーターと有馬さん、二人の声が同時に俺の頭を跳ね上げさせた。どちらも驚きと緊迫に満ちたそれが。


「ッ!!?」

 それらよりも一瞬遅れた俺にも、その声を上げさせたものは見えた。

 それは滝の上から現れた。

 目の前の滝=木の幹が岩の隙間から何か所か伸びているだけの深い竪穴。その木の幹から幹へと、見たこともないシルエットが高速で飛び移りながら、滝つぼへと消えていった。

「なんだ!?」

 覗き込んだ滝つぼにその姿はもうない。

 猿?いやそうではない。見えたのは一瞬だが、明らかにそれよりも大きい。


 そして何より、木から木へと飛び移ったその腕は、間違いなく四本存在した。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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