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ある出戻り配信者の顛末  作者: 九木圭人
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 再度前進開始。先程のリックワーム以外には敵の反応はない。

「……」

 周囲への警戒は解かず、しかし同時に頭の片隅では先程の有馬さんの行動が妙に印象に残ってリピート再生されている。

 矢は安い。特に配信業が活発になってからは二束三文で流通している。

 勿論昔ながらの竹に本物の鳥の羽根を使ったような高級品は別だろうが、有馬さんが持っているような大量生産された安価な松材の矢は誰でも簡単に手に入れられる代物だ。

 それを一々回収する。確かに壊れなければ何度も使えるだろうが、そこまでこだわるようなものには思えない。


 あんまりお金もないですし――その理由として彼女がこぼしたそれは、何気なく発せられた語調とは裏腹に、それなりに切実な事情でも抱えているのかもしれない。


「……まぁ」

 そこで打ち切る。

「どうかしました?」

「あ、いえ」

 流石に考え過ぎだ。それに、他人の懐具合など一々詮索するのもいい趣味ではないだろう。

 今度こそ思考を打ち切り辺りの警戒に集中する。


「そろそろマナブイの範囲外に出るわ。次のブイの用意を」

「「了解」」

 再度のオペレーターの指示に、同様にブイを取り出す。

 まだまだ森は続いていて、どこかから鳥の声と、水が落ちていく音とが、木々に吸収されずにここまで届く。そう言えば近くに滝があったはずだ。

「この辺りですかね」

 そこから更に少し進んだ辺りで有馬さんがブイを取り出した。

 俺がやったように近くの木の根元にそれを突きたてると、先程までと同様に今回もずぶずぶとブイの方から地中へと進んでいくのが、彼女の手越しに見える。


「ブイ設置を確認……、再びモンスターの反応多数」

「「ッ!?」」

 言い終わる前に有馬さんの手が矢筒に伸びる。

 同時に俺もまた周囲に意識を集中する。

 前方の道にも、周囲の森林にもやはり姿は見えない。なら先程と同様――だが、今回はすぐさま襲撃とはならない。

 その反応――恐らく時間にすれば一秒か二秒の間の出来事だが、緊張が走った空気にオペレーターの声が混じった。

「待って、距離はまだある。道なりに少し進んだ辺り。四体は確認できるけど、向こうに気付いたような感じはない」

 どうやら今回は先手を取られる心配はなさそうだ。


 改めて未踏査地域の危険性を実感する。

 幅広く分布しているモンスターに対して俺たち配信者が優位に立ち回れるのは、勿論その能力故という事もあるのだが、マナブイからの情報によって敵の位置と数を事前に把握できる点が大きい。数で勝る相手に対し、より広範囲かつ正確な情報をリアルタイムで得られる、肉眼の視界に頼らない索敵能力というのは、極めて大きな利点だった。

 それがない今、俺たちは目をつぶったままモンスターの群れの中を移動しているのに等しい。向こうから先手を取ることがあっても、その逆は不可能だ。


「……了解」

 構えを解きながら応答。今回はその稀有な例外だろう。

 なら、その利点を活かすに越したことはない。

「敵の種類は?」

「反応から見てそこまで強大なものではない。恐らくゴブリンか、或いはその他の小型モンスターと思われる」

 向こうは四体。こちらは二体。襲撃するなら先手を取るに越したことはない。

 その先手でなんとか数を減らせそうな――あわよくば向こうが応戦する時間も与えずに殲滅できそうな戦力しかないとなれば、これは絶好の機会と言えるだろう。


「……了解」

 俺と有馬さんは再度顔を見合わせる。どうやら彼女も考えている事は同じのようだ。

 前に続いている道を、足音を殺して進んでいく。

 道は少し先で緩やかに右にカーブしていて、僅かに広くなったり、また元に戻ったりしながら山脈に対して平行になるように進んでいく。

 そしてその間緩やかな上り坂が続く。つまり、山脈に平行に進みながら少しずつその麓を登っている訳だ。

 自分たちより下に頂上のある木がいくつか現れ始めてその事を実感するぐらいになった時、オペレーターが再度声を発した。

「その道の直線状に例のモンスター四体」

 同時に身を屈め、そして見えているもの確認する。


「……こちらでも確認した」

 前方に見えているのは、確かに推測通りのゴブリン達。

 道の途中にあった、少しばかり広くなった場所。その真ん中に屯する様にしているゴブリン達と、その周りに積み上げられ、ぐるりと囲むような柵となっているいくつかの丸太や太い枝。

 そしてそのゴブリン達が、同じような木々を積み上げたのだと思われる彼らの奥に見える木々の山。

「普通のゴブリンと違いますね……」

 有馬さんが潜めた声で呟いた。

「こちらでも確認しました。恐らく工兵ゴブリンかと」

 対して反応したのはオペレーターだった。

 工兵ゴブリン。名前は通称だ。その由来はまさしくその役割から来ている。


 ゴブリンについての研究は、彼らが発見されたころから続いているが、その過程で彼らの社会についても知られるようになった。

 ゴブリンの社会は人間で言えば国民皆兵制に近い。ゴブリンとして生まれた以上、配信者やその動画の視聴者の良く知る、棍棒を持って侵入者に襲い掛かる戦士の姿が基本となる。

 だが当然、戦士だけで社会は成り立たない。

 故に例えば弓や罠に通じた者が猟師となったり、手先の器用な者は今目のまえにいるように建築を担当したりと、要求に応じてそれぞれ適した特技を持った者達が集まって解決に向かうのだそうだ。

 そこで頭を切り替える。

 目の前のゴブリン達は何かを造るつもりでここに集まったのだろう。実際、彼等はいつもの棍棒を脇にどけて、ロープやらスコップやら木槌やらを集めてきている。間違いなく工兵ゴブリンだ。


 では、この道の真ん中で何をしようとしているのか。

 集めた資材を見ればただ家を造ろうというのではない事は分かる。彼らに人間のような木造建築をする文化はないが、集められたそれは小さな小屋位建ちそうな量の材木だ。

「……砦か」

 立地から得られる推論=モンスターたちが結集しているレテ城に近づけるだろうこの道を放っておくわけにはいかないという事か。

 ――と言う事は、やはり推測の精度は高まる。城攻めが近いというそれが。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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