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ある出戻り配信者の顛末  作者: 九木圭人
パスファインダー
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パスファインダー4

「どうぞこちらへ」

 その伝説自らの案内でエレベーターに向かう。

 その途中に目につく掲示板に張り出されている海風レモンのポスター

「……」

 ほとんどグラビアアイドルのようなそれに一瞬だけ目を向けてすぐに逸らしたのは、横にオペレーターがいたから。流石にじろじろ見ているのは色々後で言われそうだ――主にからかう意味で。

 それにしても、やはりアイドル路線に移行しようというのがよく分かるポスターだ。


 とにかく、その掲示板の先、ちょうどやって来たエレベーターに乗って上の階へ。アウロス・フロンティアが使用しているのはこのビルの一部らしいのだが、それでもその使用している部分の一階層だけでうちの会社より遥かに広い事はビルの外観だけで分かる。

「どうぞ。こちらです」

 実際到着した階で通された、キャスト統括マネージャーと扉の横に銘板の掲げられた部屋だけで我が社と同等の規模だ。

 勿論、その一部屋も我々のそれとは違う。

 パーティションはなく、表の道路に面した壁は一面ガラス張り。

 その手前に事務机とキャビネットに観葉植物。そして手前側にはゲーミングチェアを彷彿とさせる大型の椅子複数に囲まれた来客用のテーブル。

 分かりやすく絵に描いたような中小零細と大企業の違いがそこにあった。


 全員が着席したところで、京極さんが切り出す。

「まずは改めまして、先日のご助力大変ありがとうございました」

 メガリスの一件については会社を通して礼は受けたものの、思えばこうして面と向かって言われるのは、帰還時に有馬さん本人から言われた時以来だ。


「あ、いえ。こちらこそ。大変助かりました」

 そう答えつつ頭を下げるのもその時以来だった。

 俺と彼女と、そのどちらもがいなければ無事に脱出するのは難しかっただろう。

 一通りそうしたやり取りを終え、それから改めて本題へ。

 今回も変わらず、京極さんが切り出す。恐らく秘書だろう人が全員の手元に冊子程の暑さの資料を配り終えたところからスタート。


「――では、早速今回のコラボ内容についてご説明いたします。お手元の資料1ページをご覧ください」

 言われた通りにめくる。

 パソコン教室の教材に使えそうなぐらいカラフルで印象的なページがお出迎え。

「今回、弊社の候補生、有馬玄との協働をお願いしたいのはこちら、レテ山脈南の未踏査地区の探査及びマナブイの設置、所謂パスファインダー(未踏査地区調査)となります」

 パスファインダー、ある意味で本当のダンジョン探索となる訳だ。

 これまでの配信がそうであったように、ホーソッグ島は世界中の国や地域と繋がっている別の島と同様、人間が踏み入った場所にはマナブイが設置されている。

 その名の通りマナ濃度の観測を行うこれらは、その濃度の変化によってその周辺に起きている異変――モンスターの出現や、この前のようなメガリスの出現など――を常に知ることができる。普段管理機構が行っている観測の他、配信中にオペレーターが伝えてくる情報も、多くがこのブイから得られるものだ。


 そして当然、その恩恵を得るためには誰かがそれを置いてこなければならない訳だ――その情報支援を受けられない状況で。

 一切の情報なしでのダンジョン探検。多分本来の探索とはそういうものなのだろうが、それ故に危険も大きく、そしてそれゆえに探索好きな視聴者も多い、ハイリスクハイリターンの分野だ。


「当該地域については、ダイブセンターから最寄りのゲートに移動、以降は前回有馬と遭遇した森林を北上し、未踏査地区に入る形となります。未踏査地区についての情報はあまりありませんが、次のページにドローンによる空撮画像を載せております」

 言われた通りに次のページへ。

 先日の森の中をいくつかの小道が伸びていて、その先に小さな池がひとつ。さらにその奥は山脈の麓まで森の木々が覆っており、詳しい事は分からない。

 山脈から流れ出た川がそこで滝になっているようで、その滝の周辺が点線で囲まれ、未踏査地区として区切られている。この辺りを探索し、マナブイを設置してくることが今回のコラボ内容となる。


「点線で囲んだ部分へのマナブイの設置完了を持って終了となります。撮影中についてですが有馬には専属オペレーターがおりませんので、有馬への指示伝達および全体の情報支援を私が担当します」

 随分豪華な企画になったものだ。

 まあとにかく、作戦内容はそれぐらいしかない。何があるのかはこの数枚のドローンの写真しか事前情報がない以上、何にでも対応できるようにして向かうより他にないのだ。

 そしてその安全性を少しでも高めるためには熟練の配信者の判断はかなり重要だ。当然宍戸オペレーターの腕前はこれまでの事で十分信頼はしているが、何の情報もない今、そこに現場を良く知る人物が戦力として追加されるのは歓迎こそすれ拒否する理由はない――オペレーターもその辺が分かっているから、一瞬だけ発言者をちらりと見ただけに留めている。勿論、この状況で異議を唱えるつもりもないだろうが。


 その後は配信についての細かい打ち合わせを行った。

 そしてそれが一段落した段階で、おもむろに京極さんが切り出す。

「――さて、これは確認なのですが、今回撮影した内容について編集の立ち合いをお願いすることになります。また、配信権については申し訳ありませんが弊社での配信とさせていただきます」

 これも契約にあった。

 通常、同じものをコラボ関係者全員のチャンネルで公開することもできるし、生配信の場合は全配信者のチャンネルで一斉配信するのが普通だ。

 だが、今回は編集こそ我々が立ち会えるものの、配信はアウロス・フロンティアの公式チャンネルでの独占配信。更にその配信日まで彼らが決定する。

 その分は、会社に支払われる謝礼という形で埋め合わせが行われる――その額は社長があれだけ舞い上がっていたのも無理はない程に好条件だった。


「こちらの都合で申し訳ありませんが、ご協力をよろしくお願いいたします」

 京極さんはその辺りを再確認。

 我々もその辺は織り込み済みだ。特に異議はない。


 話がまとまると、一階のエントランスまでお見送り。

「それでは、明日はよろしくお願いいたします。私としては、今回のご縁を今後に繋がるお付き合いにしたいと考えております」

「ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いいたします。それでは、こちらで失礼させていただきます」

 丁重に礼を述べて退出。

 全て終わってから、自分の口の中が乾ききっている事に気づいた。

 ――やはり、サラリーマンは向いていないのかもしれない。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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