パスファインダー3
「アウロス……」
「ああ。まだ候補生らしいが、それでも最大手の看板は使える。一条寺君、気張れよ。これは千載一遇の大チャンスだ」
社長はノリノリだ。
「え、あ、はい!そうですね」
調子を合わせてそう答えながら、俺は相手の名を――正確にはその社名を聞いた時にオペレーターが一瞬だけ見せた険しい表情の方が気になっていた。
彼女がアウロスに対して何か思う所があるのは明らかだ。
だがその理由は?
「……あ」
思わず漏れた声は、幸い社長にも、オペレーター本人にも聞こえていなかった。
彼女は元エイギルBCSの所属だ。
そしてエイギル崩壊のきっかけとなったサーデン湾事件。
ホーソッグ島西部のサーデン湾での配信中に発生した、大規模なマナの爆発。
その時エイギルの配信者たちとコラボしていたのが、当時はまだ中堅どころだったアウロス・フロンティアだった。
サーデン湾事件については、俺も詳しい事は分からない。
だが、元エイギルである彼女には、当然部外者の俺よりも遥かに詳しい情報があるのだろう。
数日後、結局、俺とオペレーターは通勤ラッシュを終えて席に余裕ができ始めた時間の上り電車に揺られていた。
向かうはコラボ案件の相手=アウロス・フロンティアのオフィス。
結局オペレーターも今回の案件には賛成することとなった。
あの一瞬眉をしかめただけで、彼女自身も特に殊更反対する事もなかった。
個人勢ではないとはいえ、植村企画はそれに近いような零細事務所だ。
そして市場が成熟している今、そうした小さな新興勢力が大きくなるためには、先駆者の力を頼るのがもっとも確実で手っ取り早い。
アウロスの看板を使えば無名の候補生でもフォロワー数を増やせるように、業界最大手の看板はそれだけで絶大な威力を発揮する。その事実は、その無名の候補生が紹介してくれた動画の伸び方からもよく分かっていた――俺自身も、そしてオペレーターも。
「……次だね」
電車に揺られながら、ドアの上のモニターに目をやる。
次の停車駅まで僅か2分。流石に都心は駅同士が近い。
「……ねえ」
「ん?」
ぼそりとオペレーターが口を開く。
普段着慣れていないスーツ姿と硬い表情は、なんとなく新卒の新人を連想させる。
「……アウロスに向かう途中でこんなことを言うのはおかしいって分かっている。だから、聞き流してほしいんだけど」
「うん」
その前置きを聞きながら、俺は後ろに流れていくビル群に目を向けていた。
「……アウロスを信用しないで」
その一言は、ずしりとした重みをもって俺の目線を彼女に集中させた。
「サーデン湾事件の事だけじゃない。……ううん、本当はその理由が一番大きいんだけど……、あの事件の後の連中の行動、私は正直あいつらをあんまり信用していない」
「何かあったのか?」
「大勢死んだ……」
ぼそりと、それこそ車内の様々な音にかき消されそうな声で、今度は彼女の方がビル群をぼうっと見つめながら呟く。
「あれは事故だった。それは分かっている。でも……アウロスはその後で急速に勢いを伸ばした。元々エイギルに対してメンバーの引き抜きを計画していたことあってね、エイギル側がそれを拒否していた。でも事件のあと、彼等は別会社を立ち上げた。活動実績のないペーパーカンパニー。表向きは別の会社として生まれたそれが、アウロスが欲しがっていたエイギルの人間を尽く引き抜いて、それから一年後にその会社の筆頭株主がアウロスプロダクションになって……」
初めて聞く話だった。
何も証拠はない。だが、疑いの目を向けるのには十分な状況証拠。
「証拠はない。そもそも私が勝手に思っているだけで、誰も本気になんてしてないでしょう。週刊誌レベルの噂でしかない。でも……」
彼女はビル群に変わって視界の中を流れていく降りるべきホームから、その真剣な目を俺に向けていた。
「大手とのコラボが今や有名になる上で必須なのは分かっている。その相手が業界最大手だっていうのが幸運なことだっていう事も。でも……心を許し過ぎないで。有馬さんがまともでも、会社自体は健全な事ばかりじゃないかもしれない」
ドアが開く。
それで、取り繕うように彼女はいつもの笑顔に戻している。
「ま、例えあそこが私の思っているような所であっても、うちみたいな零細から盗るものなんてないだろうけどね」
言いながら、彼女が先頭に立って電車を降りる。
ラッシュ時を過ぎたとはいえ平日のオフィス街だけあって混雑は慢性的で、サラリーマン時代に培った人を避けて進む技術を遺憾なく発揮せねばならなかった。
アウロスに気を許し過ぎるな――その言葉を心の中で何度も反芻する。
アウロスはでかい。業界最大手だ。
その背後にいるのは大手芸能プロダクション。企業の規模も、人と金の潤沢さも、我々とはけた違いの存在だ。
「……」
だからこそ意識しなければならない。その気になればこちらを潰せるという事に。
「ようこそお越しくださいました」
表情を作る。これまたサラリーマン時代の賜物。
アウロス・フロンティア本社=都心に構えたオフィスビルの正面エントランスをくぐり、事前に言われていた通りに代表番号を呼び出すと、すぐにそう声をかけてきた。
「(株)植村企画の一条寺と申します」
「宍戸と申します」
現れた人物にそう言って頭を下げる。
向こうは二人、片方は前回メガリスを攻略した有馬さん。
今日は制服姿ではなく、普通のスウェット姿だ――高校生だと思ったが、平日の昼間に何故時間があったのだろうか。
そしてその隣、すらっとした長身に、フチなし眼鏡の優男。
「アウロス・フロンティア、キャスト統括マネージャーの京極です」
交換した名刺に書かれている名前と肩書――アウロス・フロンティアキャスト統括マネージャー京極俊明。
今やほぼ現役を退いているとはいえ、アウロスフロンティア二期生の古株にして、チャンネル登録者数100万人の最短記録保持の生ける伝説のような男が、御自らお出迎えだ。
(つづく)
投稿遅くなりまして申し訳ございません
今日はここまで
続きは明日に




