パスファインダー1
メガリスの一件から数日経った。
俺と宍戸オペレーターは、いつものように打ち合わせに使う社内の机で向かい合い、日課となっている動画の反響確認を行う。
「流石にはねたな」
「そりゃあ、メガリス破壊は快挙だもの」
有難い事に、あの戦いの動画――戦闘を終えて帰還した日の日付が変わる頃には編集を終えてアップロードしていた――は、これまでで最も大きな高評価と再生回数を記録。チャンネル登録者を明確に増やしていた。
勿論、二大事務所の正規メンバーのチャンネルに比べれば吹けば飛ぶような数字でしかないのは相変わらずだが、それでも確実な成果であることに変わりはない。
「……それに、宣伝効果も凄かったしね」
流石は大手の看板――そう付け加えながらオペレーターが漏らす。
「確かに」
言いながら、机の上に置いてある自分のスマートフォンを手にする俺。
植村企画所属となってから開設したSNSアカウントを開くと、そこにずらっと並ぶ俺の投稿。
オペレーターには「役所の業務連絡」と呼ばれるような淡々とした投稿動画の紹介や挨拶ばかりの、SNS初心者丸出しなそれに混じる、別の人物の投稿。
Arima_Haruka@アウロスフロンティア第八期候補生
前回協力いただいた潜り屋一条さんの視点でのメガリス攻略動画が投稿されていましたのでご紹介します。
その下に俺の動画のURL。動画が投稿されてすぐにそうやって紹介してくれている。
あの日、無事に帰還した俺たちはそれぞれフォローし合うようになったが、それが早速有効活用される形となった。
因みに、あの子=有馬さんのアカウントも見てみたが、俺と同じような「役所の業務連絡」だったにも関わらずフォロワー数は倍近くいた。
「候補生とはいえアウロスの名前とJK効果でしょ」とは、前回のささやかな祝勝会と交流を兼ねた俺とオペレーターの飲みの席での彼女の言葉。
恐らく現役の女子高生――それも容姿端麗な――がやればSNS初心者な姿も初々しくてかわいいという評価になる。それのむさい成人男性版が役所の業務連絡。男女平等万歳。
「……なにこれ?」
「うおっ!?」
いつの間にか横から覗き込んでいたオペレーターに少し驚く――化粧品だろうか、鼻腔に甘い匂いが残る。
「牛乳ニキ……?」
彼女の指さしているのは、有馬さんの投稿へのコメント。
2F堂@アウロス箱推し
牛乳ニキ普通に強いじゃん
「ああ、それか」
リアクションしてから後悔したが、口に出てしまったものはもう誤魔化せない。
「前にここを買い物メモ代わりに使って『帰り牛乳買う』って書いておいたら、間違って投稿したことあって、それを見た数少ないフォロワーの間で牛乳ニキって呼ばれるようになった」
因みに今までで一番反応があったのがその時だった。
そしてそれを聞いたオペレーターから返って来たのは苦笑とため息。
「……以後気を付けて」
「了解です」
俺も伝染した苦笑を混ぜて返答する。
まあとにかく、買い物メモを間違えて投稿した奴以外の見どころが生まれて良かった。
ノートパソコンに表示されている俺のチャンネル。その登録者のカウンターがまた少し回った。
※ ※ ※
「それでは、本日はご足労誠にありがとうございました!」
会議を終え、エントランスまで本社のお偉方をお見送り。
「では、今後ともよろしくお願いしますね、京極さん」
お偉方の紅一点、第一企画室長が振り返ってそう告げると、全員が引き上げていく。
本社=アウロスプロダクションのお歴々からすれば、今は欲しくてたまらないだろうこの会社の代表として彼らを送り出すと、ようやく一息つける。
「さて……」
踵を返して本業へ。何も本社の連中のご機嫌伺いだけが私の仕事ではない。
今しがたエレベーターガールの真似事をしていた箱にもう一度向かう。
「中松」
「はい」
既に誰かが乗って行ってしまったそれがもう一度降りてくるのを待つ間、回数表示を見上げながらマネージャーを呼ぶ。
現場に出ることがすっかりなくなった今ではマネージャーというよりも秘書だが、やることはほとんど変わらない。
「明日って時間あった?」
「はい。午後3時から1時間でしたら空いております」
なら問題ない。
「さっき話に出た候補生、ちょっとそこで押さえて」
「了解しました」
聞いたこともない無名事務所の人間と偶然遭遇し、彼と共にメガリス破壊を成し遂げたという候補生の話は、先程のお偉方の中でも知っている者がいた――第一企画室長一人だったが。
どうやらようやく、候補生の使い道ができそうだ。
――と、視界に入って来た若い男の方に振り返りつつ相好を崩す。
「おっ、風巻君お疲れ様」
「お疲れ様です」
風巻空斗=第六期生のホープは、社内の慣習として配信者同士は芸名で呼び合うというそれというより、いくらかの羨望の混じった名で私を呼んだ。たしか彼も面接で現役時代の私を見てこの業界に入ったと語った数十人のうちの一人だ。
その若手のホープは、自分が出てきた方をちらりと振り返ると、誰もいないことを確かめて私の方に寄ってくる。
ああ、あの件か――その時点で彼の心のうちは読めた。
「レモンちゃんの件?」
エントランスに貼られた宣材用ポスターに目をやりながら尋ねると、彼は首を縦に振った。
「ひやひやでしたよ。海老沢先輩が止めに入ってくれましたけど」
海風レモン――社長のお気に入りのお姫様。その社長の肝煎りでねじ込まれたプロジェクトで顔を合わせる三期生宮園麗華とは犬猿の仲で、同じく三期生の海老沢アリアが何とか取り持って仲裁するのは最早恒例行事。
「俺も同期だから色々言ってるんすけど、中々……」
「ハハッ、お疲れ様。しかし、流石にこうも続くと問題だね。……分かった。僕からも何とか言ってみるよ」
ヒーローショーを見つめる子供のような目が俺を見た。
「そうしていただけると、本当に助かります」
「それで、別件なんだけど……」
ちょうど到着したエレベーターに乗り込み、扉が閉まるのと同時に切り出す。
「今度の八島の“城攻め”の件、詳しい話は後日詰めるとして、君に協力してほしい」
「えっ!?でも、城攻めの遠征メンバーは既に……」
「だからこそ、君なんだ」
彼に正対する。
エレベーターはまだ目的の階につかない。
「私はこれは、君にしか出来ないと思っている」
「……ッ!」
直感が告げる。落とした、と。
「私は君に期待しているんだ。どう?」
「はっ、はい!勿論です!よろしくお願いします!」
そこでエレベーターの扉が開く。
「それじゃ、詳しくは後日」
つまり、候補生と例の零細の新人を突っ込んだら。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




