メガリス18
その変わり果てたライリーが、背後のメガリスに手を伸ばす。
まるで剣のような尖塔型をしたその透明な巨石の、どこか小虫の群れが飛んでいるようにも思える根元付近に手を突っ込むと、その中から取り出したのは一振りの薙刀。
その大きく反った先端をこちらに着きつけながら、そろりそろりと近寄って来る。
「まだやろうって?」
漏らす俺の横で弓が引き絞られる。
「ッ!」
瞬間、ライリーを飛び越えるように二本の触手がこちらに突進してきた。
「くっ!!」
奴は陽動か。一瞬反応が遅れた俺たちに襲い掛かるそれを紙一重で飛び退いて躱し、空を切ったそれが獲物を再度狙おうとしているところに斬りつける。
「っし!」
近くにある一本が落ち、有馬さんの方に鎌首をもたげていたもう一本が標的をこちらに切り替えたのを前進する様に躱してすれ違いざまに切断。
「ッ!!」
直後、視界の隅にライリーの姿が映る。
カッ、という音と僅かばかりの火花。奴と俺の刃が交差した。
既にジェネレーター内の緊急出力用のマナしか残らずイージスは停止しているが、それでも何とか見抜ける動き。
「ぐっ……!」
振り下ろされたそれを間一髪受け止めたが、容易に押し返せない程の圧がかけられる。
「一条さん!?」
すぐ後ろで声。その一瞬、触手が仕留め損なった事に気づいたのか、ライリーの意識がそちらに向いたようだ。
「このっ!!」
僅かに弱まった圧力を押し返して体勢を崩しにかかると、それを読んだ奴が飛び下がる。
すぐさま追撃――その考えから踏み出そうとして、半歩で留まる。
「ッ!」
飛び下がりながら奴の前で薙刀の石突が音を立てた。
顔面の目の前で風を切るそれに、あと少しでも反応が遅れていれば殴り飛ばされていただろう。
「ちっ……」
俺の足が止まったところで安全に間合の外まで脱出したライリーが構えを取り直す。
仕方ない。ならもう一度仕切り直し。
だが、もう触手は伸びてこない。
「そこから狙えますか?」
振り返らずに確認。
出来るならライリーでもメガリス本体でも狙ってもらいたいが、返って来た返事は楽は出来ないと教えてくれた。
「駄目です。どうしても一条さんが――」
なら下がるか、そう思った瞬間に再度飛び込んでくるライリー。
「ちぃっ!」
だが今度はしっかり見えている。
袈裟懸けに振り下ろしてくるそれを刀身で受け、それでも止まらず踏み込んできたライリーの横薙ぎをこれまた刀身で止めて懐に飛び込む。
薙刀に限らず、槍やその他の竿状武器の間合はドーナツ型だ。
先端を使う場合のリーチは刀剣のそれよりも長いし、先程振るったようにそれを躱して接近を試みても後ろ側の石突を使った攻撃が存在する。
故に、弱点になるのはその間。更に言えば武器を保持している両手の間の辺りが弱点となる。
「ッ!!」
当然、そこに飛び込ませないように対処するのがこうした武器の使い方だ。
奴は再び後ろへ。同時にこれまた石突が飛ぶ。
「っと!」
今度は下から掬い上げるようなそれが俺のすぐ目の前を通過。
だがそれでは止まらず、今度は石突側を持つ右手を引く動作に連動する様に、首を狙って刃が落ちてくる。
「ッ!」
後退したことで刃の間合に入っていた俺を狙ったそれを何とか受け止めると、先程とは打って変わって一切押し込む勢いがない。
そしてその事に気づいた瞬間には、再度前進しつつ脛を払う石突が殺到している。
「ぐうっ!!」
躱せない――咄嗟にその判断と、それに体を追いつかせるぐらいにはマナが回復してきている。
ギリギリのタイミングで左足を上げて回避。
それを追うようにして右足で地面を蹴って跳躍。時間差をつけることで、通り抜けて直ぐの時点で左足を着地させておく。両足揃って飛び上がれば、敵の目の前で無防備な姿勢を晒しかねない。
右足の着地。それを左よりも前方に。同時にそちらへ踏み込む。
「オラッ!!」
そのまま切りつけると、奴は柄を顔の前に掲げて防御。すぐに旋回させて水平に首を薙ぎに来るのを屈んで躱し再度攻撃――その考えを直前に捨てて防御。コマのように回った奴がすぐさま再度の斬撃を放つ。
今度は胴狙い。跳んでも屈んでも躱せない。
「おおおっ!!」
なら受けるだけだ。
それも、ただ受けるのではない。
左手で柄を握ったまま、右手を峰に添えて奴の斬撃を迎え撃つ。
ずん、と衝撃を両腕で受け止め、同時に前へ跳ぶ。
「ああああっ!!!」
そのまま峰に添えた右手をガイドにして突き。狙うは奴の胸元。
だが、次の瞬間俺の手に伝わったのは奴を貫いた手応えではなく、下から打ち上げる衝撃。
「ぐっ!!」
柄が無ければそれさえ通過して顎を砕かれていた事は明白だった。
――あと少し奴の攻撃がずれていれば左手の指がそれの代わりになっていたことも、また。
だが、そうはならなかった。
幸運か、奴の実力の問題かは知らないが、ともかく俺は助かった。
なら、反撃の絶好のチャンス。
「……ッ!!」
奴もそれに気づいたらしい。すぐさま構えなおそうと距離をとるが、刀が届くギリギリの距離で薙刀の間合まで逃げ切るには少しだけ気付くのが遅い。
「逃がすか!」
更に踏み込む。リーチで勝る相手に自由に動き回らせるのは危険だ。
それを嫌う、追い払うような突き――中途半端な距離で。
「おっと!」
刀身の表=左側で己の上側に受け流すと、すぐに奴が次の手に出ようとする――攻撃が躱された直後と攻撃しようとする瞬間、二つの隙を同時に見せた。
「しぃっ!!」
左足を大きく一歩踏み込む。
薙刀の下をくぐるようにして飛び込み、同時に手を返して狙うのは、柄の後ろ側を持っている奴の右手。
「ッ!!?」
ギリギリのところで感付いたのだろう。間一髪で薙刀を僅かに引き、柄で斬撃を受け止める――攻撃を受け止めた瞬間もまた、隙が生じる。
「シャッ!」
すぐさま右足で踏み込む。再度薙刀の下をくぐるように。
そして再度返した手。今度の狙いは奴の首の根元。
右手を狙った攻撃を防ごうとした都合上、奴の左手側は薙刀から遠い。今、この攻撃を防ぐものは何もない。
「おおおっ!!」
確かに感じる手応え。
首に食い込んだ刀身を一息に引き切ると、大きくのけ反るように奴の手が首に殺到した。
「シャァァッ!!」
それを逃がす手はない。
鳩尾を狙う再度の刺突。今度はしっかりと返って来る手応え。
そして、刃渡りの半分ぐらいまでしっかりと差し込まれた俺の刀。
「どうだっ!!」
蹴りを入れながら引き抜き、叫んだ時には奴は崩れ落ちていた。
膝が折れ、尻もちをつくように、妙にスローモーションに見える動きで。
「一条さん避けて!」
背後の声に反射的に頭を下げると、それとほぼ時を同じくしてライリーの向こうでメガリスの根元が爆ぜた。
「やった!」
こちらも確かな手ごたえを感じている声。
こちらもまた、ゆっくり、ゆっくりと、細かく走ったヒビが巨大化していって、限界まで傾斜した着弾地点より上が音を立てて崩れていく。
「メガリス反応消失。破壊を確認しました!」
オペレーターの声が、ようやくの終わりを告げた。
「……ぁ」
メガリスの崩れ征く轟音――そして、徐々に壊れていくこのハイブの崩壊音に混じって、それまでとは別人のような弱々しい声が耳に入る。
「俺……は……」
大の字に倒れたライリーの、その口が少しだけ動いていた。
「「……」」
俺も、有馬さんもしばらく何も言えなかった。
互いに顔を見合わせ、それから彼を見下ろしていた。
「俺は……誰で……ここは……」
彼の身に起こった事。非定常型ワームホール=俺たちが行き来するのに使うような常時使用可能なワームホールではない、いずれ消えてしまう小規模なワームホールに飲まれ、やりきれない過去を――恐らくメガリスの力によって――封印していたことで、それを忘れられていた。
「お前は……」
やっとのことで搾り出した声は、自分でも驚くぐらいソフトだった。
「お前はライリー、MCライリーだよ」
「ライリー……」
「そうだ。さあ、客が待っているぞ」
その言葉で、彼は少しだけ笑ったように見えた。
「そう……俺……ライリー……俺が……最……強……の……」
安心したようにそれだけ言って、彼の肉体は急速に石のように変わり、そのまま風化していった――破壊されたメガリスがそうなったように。
それが正しかったのかは分からない。
だが、最後の奴の表情が安心したような笑顔だったのが見間違いでなかったと、信じたいような気がした。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




