メガリス13
その推測はすぐに正しいと立証された。
「そのようだ……」
正面の観音開き。完全に閉ざされていた先程とは違い、僅かに開いているそこからするりと現れるバーゲストが二匹。
「来ますッ!」
隣で声と共に弓が引き絞られるのと同時に、フリスビーを追いかけるように駆け出す二匹。
「ちぃっ!」
再びダガーを構えて迎え撃つ。
その俊足でもって一気に距離を詰める二匹。こちらをしっかりと見据えている二つの目の、その垂れた血のように赤黒い瞳の色まで見分けられるぐらいの距離まで近づいたところでそいつらが一斉に飛び上がる。
「ッ!」
先程同様に籠手を突き出して噛みつかせる。
そう思った瞬間、片方がその赤黒い目を矢で貫かれて来た方向に吹き飛ばされた。
なんという胆力――外せば終わりの状況で確実に当てられるまで弓を構え続けるなど、まともな神経ではない。
「っと!」
他人の心配をしている場合ではない。歯形の残る籠手で噛みつきを受け止め、鋭い爪を振り回す前足の間を縫うようにして何度も刃を突き立てる。
「グルゥッ!!!」
今度の奴は放そうとしない。
ならそのまま相手してやるだけだ。前足で噛みつかれている俺の左腕を抑えようとするのに合わせて奴を仰向けに倒し、犬相手に寝技をかけるような体勢になりながら突き立てた刃を一気に引いて傷を拡大していく。
小さいとはいえこちらにも斥力場生成能力は存在する。筋肉質なこの魔獣の体とて、切り裂くことは不可能ではない。
「クソ……ここもカットだな」
ようやく力を失った牙を振り払い、ダガーに着いた緑色の血を壁で拭う。
「……そういえば、そちらは生配信?」
「え、あっ、はい」
こちらを見た彼女に合わせてトラバンドが俺を撮影している。時すでに遅し。
まあ、配信をそのままでと言ったのはこちらだ。仕方あるまい。
それに、画面の向こうで見ているだけの視聴者とは違ってこちらはしくじれば死ぬのだ。これがエンタメである点から考えれば問題のある選択だろうが、今回は動物好きの人気は諦めよう。
「……ま、いいや。進みましょう」
割り切って再度前進再開。左右の扉も先程確認した通りだが、流石にすべて完全に同じとはいかない。
「おっと」
「ギィッ!」
左側の最後の扉を開けた瞬間、そのタイミングを待っていたのだろう一匹のゴブリンが飛び掛かって来た。
棍棒の振り下ろしを頭に受けるのは何とか躱したがすぐに突き飛ばして追撃しようと振りかぶっている。
「っの!」
だが、廊下は狭い。
振りかぶったそれを振り下ろされるより前に懐に飛び込んで腕を抑え、奴の前に出ようとする動き+振り払おうとする動きに合わせて身をかわし、反対側の壁に叩きつけてやる。
ごちゅっ、という鈍く湿った音。
それを聞いた時には奴は俺の背中の上。
「ギュッ!?」
背負い投げにしてリノリウムの廊下に叩きつけ、すぐさまダガーで止めを刺す。
廊下で現れたのはそれだけだが、それでも先程までより数は増えている。
――周回を重ねるごとに増える可能性は十分に考えられる。つまり、そうならない内にガード=あのラッパー始末する必要がある、という事だ。
「よし、行きましょう」
「今度こそあいつを……」
二人で声を掛け合い、それから僅かばかり開いている観音開きを蹴り開ける。
「おいおい……」
その瞬間漏れたのは、全く自然に出たコメント。
新発見:人間は想像以上のものを目にしてもオーバーリアクションを示したり、即座に絶望するとは限らない。
むしろ、ただ苦笑と絶句が出る方が多いのだ。多分。
敵の数が増えている可能性は廊下で分かっていた。
だが、それでもこれは極端だ。
先程までと同様のライブハウス内。一斉にこちらに集中する目、目、目――。
先程までライブに熱狂していた影たちが全てモンスターに代わったような、凄まじい量のゴブリンたち。
大部分は腰巻と棍棒だけの、飽きるほど見てきたタイプだが、中には鍋の蓋のような円形盾を持っている者や、身長ほどの槍を携えた者、そして初配信の際に遭遇したような弓矢やスリングを持っているものもチラホラ見える。
そしてその奥、ステージ上から見下ろしているのは、勿論あの男。
「挨拶しろIt’sマイメン。人間じゃねえ、けど大して問題ねえ。てめえら抹殺する人口爆発。するなら今しかねえよ土下座。それなら楽にしてやるぜ即座」
けしかけているつもりか、ただの挑発か。
まあ、どちらでもいい。肝心なのは一点だけだ。
即ち、流石にこれだけの数を捌き切るのは不可能ということ――普通ならば。
「……オペレーター」
じりじりと迫る包囲網に距離をとり、隣にいた同行者を背中に入れるようにして廊下まで下がる。
呼びかけから返答までにラグはない。
そして、ただその立場を言っただけで、彼女は俺が何を聞きたいのか――更に言えばどういう答えを望んでいるのかを全て理解していた。
「逃げ道も、他の手もありませんね……。“イージス”使用を許可します」
「了解」
その瞬間、己の中に流れるものが明確に変わった。
四肢にカッと熱がこもる。頭が急速に冴えて、全ての神経が張り詰めるのを感じる。
それがジェネレーターのコントロールバルブが全開になっているという事=切り札の使用可能状態になっているという事は、この世の誰より俺が理解していた。
「まあ、要するに……」
ダガーを納めて打刀に切り替える。
そんなもので何の意味があるとでも言うように迫って来る敵意の津波を一瞥。
切り札の使用許可は、気の持ちようさえ変える。
「……全部倒してあいつの所に行けばいいって事だ」
抜刀したそれを右肩に担ぎながら一歩前へ。津波が、視界の全てを埋め尽くす。
それがいくつかのブロックに分けられ、肉眼では見えていないはずの所まで意識が届く。今の俺はこの世界に充満するマナによって、あのステージの片隅に落ちたマッチ箱の中身すら正確にカウントできる。
「じゃあ、始めよう」
言いながらすこしだけ体を逸らす。
視界外から飛んできた石ころが、顔の紙一重の所を飛び去った。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




