メガリス11
念のため、彼女にも確認しておく。
「ここから先は多分室内だけど、大丈夫ですか?」
その意味は、多分聞かれなくても彼女自身自覚していただろう。自らの弓を肩に掛け、腰に提げていた脇差のような得物に手をかける。
「……大丈夫です」
「本当に?」
「はい。やれます」
最初に生じた一瞬の逡巡。そこにどういう意味が込められていたのかは分からないが、それでもできると言った――少なくとも二回目は迷うことなく断言した。
なら、今は信じるしかない。
「じゃあ、行きましょう」
そう言って、例の黒い扉に手をかけると、同時にオペレーターからの通信。
「その先に強い反応を検知しました。……恐らくガードが近い。警戒して」
「了解」
改めて二人で目を合わせる。
ガードがいるという事は近くにメガリスもある。いよいよ、このダンジョンの最奥にして脱出のカギとご対面だ。
「……よし、行こう」
自分に言い聞かせるようにそう言って、俺はダガーを引き抜いて扉をそっと開ける。
「……」
ほとんど抵抗なく扉は内側に動き、僅かに出来たその隙間を、扉を盾にするようにしながら彼女が静かに押し開ける。
そうして拡大した隙間に滑り込んで中を確認=コンクリート打ちっぱなしの薄暗い廊下が奥に伸びていて、その途中にいくつかの扉。
そして廊下の最奥、黒塗りの観音開きの向こうから僅かに漏れ聞こえてくる音。
「これ、音楽……でしょうか?」
隣からの戸惑いの声に、俺はなんとも言えなかった。
そう言われればそうとも聞こえるし、念仏のようだと言えばそうとも聞こえる。
「分からないけど、多分誰かがいる……」
その誰かが恐らくガードだろうという事は、彼女も分かっているようだった。
「二人とも聞こえる?廊下の一番奥から反応を確認。恐らくガードはそこにいる」
その可能性が高まるオペレーターの言葉。
「「……」」
念のため、左右に並んだ扉をクリアリングしながら俺たちは進んでいく。
大きな音を立てないように、寝起きドッキリぐらい慎重に扉を開けて中を確かめる。
恐らく楽屋か何かだろう、壁際の一面を使った鏡とテーブルをぐるりと囲む複数の椅子。
どの部屋もそんなレイアウトだ。
となると、奥から聞こえる声も音楽に聞こえてくる。
「いよいよだ……」
「ですね……」
その音の聞こえる方=観音開きの左右に分散して、互いに目配せする。
途中の楽屋には誰もいなかった。ならばもうここしかない。
そしてそうなら、もう静かに忍び込む必要もない。ドアノブに手をかけるとこちらも施錠はされていない。
「突入!」
扉を蹴り飛ばして開き、中になだれ込み、そして――その雰囲気に立ち尽くした。
「何だこれ……」
「ライブ……?」
それまで途切れ途切れだった声ははっきりと聞こえてくる。
いや、声だけではない。音楽も、そして最高潮に達していると思われるオーディエンスの声も。
そこは間違いなくライブハウスだった。
ライトはステージ上を照らすだけの薄暗い室内にはびっしりと詰め掛けるオーディエンス。正確にはその影だけ。人の姿をした影が、リズムに乗って体を動かし、或いは腕を上げている。
詳しくないためその動きが何と呼ばれるものなのか、何の意味があるのかは分からないが、所謂ライブ会場で見かける動作である事は間違いない。
そしてその観客たちを大いに沸かせているステージ上の人物=ぶかぶかのTシャツにサングラスと、後ろ向きの野球帽。まさに絵に描いたようなラッパーが、その見た目のイメージ通りに途切れることなくラップを披露している。
「どうなっている……?」
その状況を理解できていないのは、この空間で俺たち二人だけのようだ。
影たちはモンスターではないのか、或いはそうであっても敵対していないのか、俺たちの方に一切興味を示さず、今や一つの巨大な生物の様にステージの方に集中している。
やがて唐突に、DJもいないステージ上で流れていた曲が止まり、ラッパーの男が両腕を組むようなポーズで静止する――影たちの盛り上がりは最高潮だ。
どうやら曲が終わったらしい――呆気に取られていた俺たちがそう判断した瞬間、ラッパーのサングラスと目が合った。
「Yo、お前ら聞いてくれ」
興奮の収まった影たちにラッパーが呼びかける。
「マジバイブス下がる話だ。Wackな犬コロ二匹が紛れ込んだ」
「「ッ!!?」」
瞬間、全ての影がこちらを振り向き、そして消える。
代わりに出現する複数の小規模ワームホール。そしてそこから飛び出してくるゴブリン共の群れ。
「R.I.Pマザファッカ」
それが合図。
正面のゴブリン二匹が、一斉に俺に躍りかかった。
(つづく)
今日は短め
続きは明日に




