メガリス10
同時に、彼女のトラバンドが標的=ガーゴイルの方を向く。
そして射出。
光を纏った矢は通常のそれよりやや速度に劣るが、しかし真っすぐに標的に向かって飛んでいく。
「ッ!」
流石に気付くか、ガーゴイルが蝙蝠のそれを拡大したような翼を広げて支柱を離れる。
一度の羽ばたきでふわりと体を浮かせると、すぐさま次のそれで自らを狙う矢の上空へ。
それで躱されるだろう――普通の矢なら。
「ッ!?」
ガーゴイルが異変に気付いたことはここからでも分かった。
慌てた様子で三度目の羽ばたき、更に体を上に上げようとしたそれはしかし、ほぼ直角に軌道を変えて追ってきた矢には追い付かれた。
「よし」
標的全体を爆風が包み込み、炸裂した轟音がここまで届く。
そのすぐ後に下半身――というか体の下側半分を炎に包まれたまま、飛行と言うより爆発に飛ばされたガーゴイルが爆風から飛び出し、そのまま放物線を描いてアスファルト叩きつけられ爆散するのを確認すると、彼女は口の中で小さくそう言った。
「お見事」
それを隣で見ていた俺の言葉に、少しだけ恥ずかしそうに彼女は頷く。
「どうも」
まるでミサイル。
その命中を確認すると、彼女は立ち上がって地面に着けていた右ひざをパンパンと手で払った。
「先に進みましょう」
その他に敵影はない。俺たちは再び道路を歩き出す。
再度足を止めたのは、それからすぐの事だった。
「行き止まりだ……」
こちらに飛ばされた時背後にあったのと同じようなバリケードが道路を塞いでいる。
「オペレーター、他にルートは?」
尋ねながら辺りを見回す俺の目には、しかし尋ねながらも候補が見えていた。
バリケードのすぐ横。建物の隙間のような小さな路地。
他に進めそうな所が見当たらない以上、返答はこちらへ進んでいいかどうか二つに一つだろう。
「確認しました。左手の建物と建物の間にある路地を進んでください」
そして回答は許可。
「了解」
言われた方に足を向け、落書きだらけのその路地へと侵入する。
「狭いですね……」
背後で彼女の声。俺も刀を納めてダガーに切り替えている。周囲に敵影はないが、何かが飛び出してきた時に刀を振り回せるような幅はない。
幸い、一本道な路地も、その先でL字に曲がった後に左手に現れた、フェンスに覆われた空き地にも敵の姿はなかったが、もし遭遇していればだいぶ窮屈な戦いを強いられただろう。
そこを抜けて、恐らく隣のブロックに出たのだろう俺たちの目に飛び込んできたのは、またもや封鎖された道。
道路を塞ぐ形でビルの壁に突き刺さっているタンクローリーや、何でかは分からないひっくり返った車。
そうした諸々が、先程までより狭く薄暗いもう一本の道を塞いでいて、これまた進めるのは路地の正面に見えている駐車場だけ。両脇の古い建物に挟まれたそこに、いつから止まっているのか分からないような乗用車――詳しくはないが、恐らく外車と思われるもの――が数台並んでいるだけのそこと、その向こうにある建物の扉以外に進めそうな所は存在しなかった。
「正面の駐車場に向かって。そっち以外には道がないはず」
どうやらオペレーターの画面でも同じように見えているらしい。
なら、実質一本道を進むだけだ。
「……警戒して。近くに強い反応がある」
その付け足しにダガーを納めて再度刀を抜く。幸い今度は十分に振り回すスペースがありそうだ。
意識を集中させて駐車場へ。
道路よりも荒れている気がするボロボロのアスファルトのそこは、路地から見た通り古い外車が数台停まっている以外何もない広い土地。
正面と左右の建物にも人の気配はなく、また進めそうな場所も、正面の建物内に通じているのだろう黒い扉以外になさそうだ。
「あの中ですね……」
「ですかね」
同じものを指さして互い言い合う俺たち。
他に何もないならあの中へ――そう考えて一歩を踏み出した瞬間、その思考を打ち切って同時に跳び下がった。
「くっ!」
「オーガか!」
正面に見える三階建て。その屋上から飛び降りてきた巨大な影は、アスファルトにくっきり足形を残して着地すると、さして落下の衝撃も感じさせずに着地よりもうるさく地鳴りのような咆哮を発する。
「この……っ!」
咄嗟に俺の横で弓に矢がつがえられ、その先端に再び光が宿る。
その瞬間、俺は彼女に叫んだ。
「逃げろ!!」
見本という訳ではないが、叫びながら俺も右側へ吹っ飛ぶ。
矢をつがえ、弓を引いて、狙いを定めて射る――この距離では、それよりもオーガの大股と石斧の振り下ろしの方が早い。
「あっ!!」
その事実に気づいたのは、奴が一歩で彼女の目の前まで=俺のすぐ近くまで肉薄した時だった。
そして間違いなく、奴の二つの目と振り上げた石斧は、目の前の弓兵を叩き潰すことに集中していた。
「ッ!!」
アスファルトが割れる。
その下に彼女はいない。間一髪、俺とは反対側に飛び込むようにしての回避だった。
「この野郎!」
俺は叫びながら、振り下ろした奴の足元に踏み込む。
同時に斬撃――先程と同様にアキレス腱に刃を食い込ませる。
「グガガガッ!!?」
奴の動きが止まる。
腰巻で股間を隠すような知能はあっても、敵が良く切れる刃物を持っている可能性にまでは思い至らないらしい。まあ、お陰でこうして同じ手で動きを止めることができる訳だが。
「今だ!」
しっかりと刃が通り抜けた手ごたえを感じながら叫び、同時にもう一度跳び下がる。
「ガッ!?」
恐らくこの距離では無誘導だろう、放たれた矢はその射手の胴体ぐらいはある腕で覆われた顔に向かい、その防備をすり抜けるようにして鎧のような表皮に光を帯びた鏃を突き立て、そして爆ぜた。
先程よりも小さな爆発。
しかし十分な火力であったことは、3m近い巨体が僅かばかりだが浮かび上がり、ずしんと音を立てて仰向けに崩れ落ちたことで十分に示された――そのオーガの顎から胸元辺りが焼けこげて抉れていることでも、また。
「「ナイス」」
その巨人を越えて再開した俺たちは、互いにそう声を掛け合った。
先程は随分何度も斬撃を浴びせなければならなかったはずの相手だが、彼女の火力は頼もしいことこの上ない。
「ちょっと失礼します」
ただ消費するエネルギーも相応に大きいのだろう、一言いいながら彼女が腰のポーチから取り出したのは市販のゼリー飲料を一回り小さくしたようなパック。
MANA ADE――銀色のパッケージにでかでかと書かれているそれは、マナを大量に消費した場合に使用される回復薬だ。
強化人間が体内に備えるマナジェネレーターは呼吸で体内に取り込まれたマナを圧縮するマナコンプレッサー、圧縮マナを貯蔵するコンデンサー、用途に応じて必要なマナをそこから取り出すコントロールバルブ、それと使用者のメンタルを保護するメンタル保護デバイスによって構成されている。
MANA ADEはマナを呼吸からではなく、ゼリー状の薬剤によって体内のコンプレッサーに送り届けるもので、緊急回復用のアイテムだ。
彼女の攻撃は強力だが、あまり頼りすぎる訳にもいかない。
ここまで使用した回数から考えると、あまり継戦能力には期待できなさそうだ。
「すいません、お待たせしました」
空になった容器をダンプポーチに突っ込んで準備を終えた彼女と共に、先程見つけた黒い扉へ。
どの道この先は室内のはずだ。
つまり、あまり弓矢は期待できない。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




