夢の跡19
「ぇ――」
咄嗟に声など出るものではない。
ただ斬られたという感触だけがまずある。
自分の体の中を刃物が走り抜けていく、なんとも表現しがたい異常な感触。
それが斬られたという事なのだと理解するのはイージスに任せるほかなく、しかしイージスによるダメージ報告とそれに伴う痛覚制御という、どこか現実味のない感覚だけが先行していく。
「一条さん!!!」
倒れ込む。はるか遠くで有馬さんの悲鳴のような叫び声。
それからようやくやって来る、痛覚制御を通してなお失神する程の激痛。
その時になって初めて、自分が斬られて横たわっていることを、デバイスではなく脳が理解する。
袈裟懸けに斬られて倒れた。
その状況を理解した時、その俺のすぐ上に奴がいた。
「……ッ」
何が出来るという訳でもない。
斬られたと言っても寸断されて分かたれたという訳ではないのに、地面に仰向けに倒れている体は全く動かなかった。
「!!?」
「ああああああっ!!」
止めを刺そうとしたのだろう、奴の視線が俺から唐突に離れ、同時にヤケクソ気味の叫び声。
それが有馬さんのもので、彼女は脇差一振りで俺と奴の間に割って入ろうと突撃して来たのだと、薄れゆく意識がぼんやりと教えていた。
「……!」
当然、それでどうにかなる相手ではない。
腰だめに構えた脇差。
その突撃がいなされるや、組み付いて鎧の隙間を狙うために奴に食らいつく。
そう見えた瞬間、彼女の動きは止まった。
「ちっ……」
奴が舌打ちを漏らす。
有馬さんは止まったのではない。糸が切れたように、奴にもたれかかるような姿勢になる。
奴はそれを片手で抑えると、邪魔だとばかりに振り払った。
スローモーション。
声もなく、音もなく、有馬さんは倒れていく――破裂したように噴き出した自らの血の中に。
「……ッ!!」
ほんの僅かな、一瞬の乱入。
彼女は倒れた。あえなく斬られた。
「ぉ……お……おお……っ!!」
だが、その僅かな時間がLIFE RECOVERYの効果が再び体を動かし始めるのに必要なだけの時間だった。
「この子に助けられたな」
「……そうだな」
答えながら、一歩左へ。
併せて奴も動き、倒れている有馬さんから離れる。これで誤って踏みつけることはない。
再び構える――と見えた矢先、同時に俺たちは鏡合わせに動き出した。
「「ッ!!!」」
ジェネレーター内のマナは既にかなり消耗した。
イージスを使える残された時間は少ない。
故に、直ちに仕留めなければならない。
俺のその考えを読んだのか、イージスが示した無数の予測のうち最も高い確率を示したのは俺と同じ動き=右からの袈裟斬り。
互いに横の移動が終わった瞬間に飛び掛かり、お互いの得物が火花を散らす。
「……!!」
お互いにそのまま縁を切り、即座に袈裟懸けを繰り返す。
結果は同じ。だが、奴の動きは異なった。
「ぐっ――」
三度目に斬りかかろうとした俺の出端を押さえるように、切り結んだ直後の俺の腕の下に潜り込み、刀を振り上げる勢いで俺の両腕をかち上げつつの体当たり。
「シャァッ!」
「ッ!!」
その勢いに思わず一歩下がり、それを逃さず奴の一撃が左の手首を捉える。
「ぐううっ!!」
反射的に腕を引き、そのまま右手一本で奴の頭に振り下ろすが、当然そんなものでどうにかなる相手ではない。
斬撃は躱され、即座に振り上げようとした瞬間、刀身の峰を狙ったように奴の振り下ろしが異様な手応えと金属音を上げさせた。
「ッ!!?」
異様な軽さが手に残る。
これまで戦い続けたはずの斥力場生成ブレード。
それが、鍔元から僅かな部分だけを残して、ぼっきりと折れていた。
「終わりだッ!」
奴が来る。
こちらの武器を破壊し、最早抵抗することのできない相手=俺にとどめを刺さんとする。
「ちぃっ!」
折れた刀の、その新たに生まれた先端に手を触れて斬撃を受け止めようと試みるが、そんな苦し紛れは端から向こうも想定済みだ。
刀は虚しく空を切り、それとすれ違うように奴の斬撃が、元に戻ったばかりの体に入って来る。
「がああぁぁっ!!!」
折れた刀をとり落す。
今度ははっきりと分かっている。俺は今、現在進行形で斬られているのだと。
だが、同時に意識ははっきりしている。斬られる訳にはいかないと。
「おおおおあああああああっっ!!!」
叫ぶ。
己の意識の続く限りに、そしてコンマ一秒でも意識を保たせるために。
もうLIFE RECOVERYはない。そして新たに補給している時間もない。
なら、ここで俺がどうにかするしかない。
「ああああああああっっ!!!!」
奴の刀を両手でしっかりと握る。
斬撃が入り込んだ体と、白刃どりのように包み込む両手。
勿論実際には白刃取りなど出来ていない。そうしている間にも自分が死に向かっている事は、残っているあらゆる感覚が伝えている。
だが、それでもだ。
それでも俺は、あとほんの僅かな時間さえ動ければいい。
――そしてそれは、まさに果たされようとしていた。
「あああああっっ!!!!……行けぇっ!!」
有馬さんのLIFE RECOVERYの効果が出るまでの時間を稼いだことは、視界の隅に見えた幽鬼のように立ちあがった彼女の姿が示している。
「くっ――」
奴が気付く。
有馬さんは再び脇差を握り直し、一直線に突っ込んでいく。
「……大したものだ」
奴に有馬さんの刃が届くその直前で、奴は静かにそう漏らした。
「シッ!」
そして、容赦のない後ろ蹴りが、有馬さんを走って来た方向へと吹き飛ばした。
「ぐうっ!!?」
有馬さんの体が「く」の字に折れ曲がって吹き飛ばされる。
――チャンスはあと一度きりしかない。
「おおああああああああっ!!!」
最後の力を振り絞る。
奴がその正体に気付き、即座に刀から手を放そうとする。
――だが、今度ばかりは俺の方が早い。
「まったく……大したものだ」
その状況にそぐわない笑みを、奴は浮かべていた。
「……ッ!!」
楽しそうで、嬉しそうで、満ち足りていて――とても、片目をダガーで抉られたとは思えないほどの笑顔。
その笑顔のまま、奴は静かに膝をつき、俺は既に力などほとんど入らない右手から、奴に鍔元まで刺し込んだダガーを手放した。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




