夢の跡18
「斬ったが……」
思わず漏らした声。
オペレーターにはその続きを口にしなくても通じていた。
「一瞬マナ反応が低下した。間違いなくダメージは与えているはず」
そして当の本人にもまた、同様だった。
「勿論、斬られたさ」
言いながら、本来なら噴水のように血が噴き出しているはずのその首をストレッチするように一度回す。
「まったく、LIFE RECOVERYってのは便利なものだよなぁ。一度ぐらいなら死さえも無効化できる」
そして語られる種明かし。
そうだった。京極は使ってこなかったが、この男は配信者だ。俺と同じものを持っていても何もおかしくない。
「さて、それじゃ二本目と行こう」
言いながら、奴は再び構えをとった――見慣れない形の。
「……?」
先程までとは逆の構え、即ち大刀を中段に、小刀を上段に振りかぶるという形だ。
俺自身は二刀流を使ったことはないし、実際に相対したのも今回を含めて二回か三回程度だ。そのため、それまでの基本的な構え方しか知らないが、流派によってはこういう左右を逆にする構えも存在するのだろうか。
「……」
まあいい。考えていても答えは出ない。
こちらも相手にあわせて構えを変える。先程までの霞から定石の右足を前に移し、左手を左足の前へ、切っ先を上段に取った左手に向ける平正眼。本来は大刀の左諸手上段を相手にする場合などに使う構えだが、風変わりな二刀の構え相手でも振りかぶっている側に切っ先を向けておいた方がいいだろう。恐らくだが攻撃に使うのはあちらだ。
と、その形になろうとした瞬間に脳内に流れ込んでくる次の動きの予測。
イージスの下したそれは、それを俺が理解するよりも前に現実となって襲い掛かって来た。
「ッ!!?」
奴の小刀が飛ぶ。
上段から振り下ろす動きで放たれたそれが、切っ先を俺の顔面に向けて一直線。
「おおっ!!」
こちらの反応の限界を超えるような突然のそれに対して反射的に身をかわし、飛んできた小刀を刀身で撃ち落とした瞬間には、奴本人が目の前にいる。
「くうっ!!」
残った大刀を諸手に持って放たれる袈裟斬り。
危うくばっさりと切り捨てられる直前に刀身での受けが間に合ったが、体勢は不十分なままだ。
「ッ!」
鍔競り合いに入る――そう思った次の瞬間、本能的に何とかして崩されまいと踏ん張ったその足から感覚が消えた。
「しまっ――」
足払いだ。そう理解した瞬間には背中が地面に打ち付けられている。
「くうっ!!」
即座に起き上がろうとしたその腹をピン止めするような奴の突き下ろし。
回避など望むべくもないそれが、着込んでいたプレートキャリアに突き刺さった。
「ぐぁっ!!!?」
当然ながらトラウマプレートは仕込んである。規格に適合した、刀剣類の攻撃に対しては十分な防御能力を発揮する代物が。
だが、突き入れられた瞬間に感じたのは、そのプレートが腹の上で真っ二つに割れる硬質の音と感触。
――そして、それでも全く止まらない刺突が自分の体に入って来る奇妙な感覚だった。
「がっ……あっ……」
「一条君!!!」
イージスが告げるダメージ状況。
オペレーターの叫び声。
遅れてやってくる、痛覚制御が効いている上でも感じる激痛と、その中でさえこれ以上のダメージを阻止しようとするイージスの効果。
「ッ!!」
奴の刀身が腹から引き抜かれると同時に、失神しそうになる激痛の中で奴の太ももを蹴り飛ばして転がり、その勢いを使って立ち上がる。
「ぐうぅっ!!!」
更に追い打ちをかける奴の斬撃を受け止めようと中段に構え、痛覚制御が腹の痛みを和らげているのを感じながら、すぐ目の前に迫っていた奴に即座に反撃する。
「ッ!」
再び振りかぶって斬りかかる奴。
だが、先程よりも心持遅い。
ならばその遅さを逃がす手はない。奴の正面打ちに対してその右足を踏むように踏込み、同様の正面打ちで切り落としの要領で奴の斬撃の軌道を逸らして同時にこちらが斬りつける=イージスが導き出したそれを、俺はその通りに実行した。
「「ッ!!」」
奴の踏み込んだ右足。その爪先を踏みつけるようにこちらの右足が踏み込む。
そして直後に触れる互いの刃。体が入る分こちらの方が有利。
「ッ!?」
そうだ。そう思っていた。
――奴がこちらの動きを見た瞬間に動きを変えるまでは。
「ぁ――」
小さく声が漏れる。
奴は恐らく、俺がこの動きをすることまで織り込み済みで追撃したのだろう。
刀身が触れる。そう思った直後、奴の斬撃はほんの一瞬タイミングをずらした。
それを知った俺の動きが、驚きから僅かに狂う。
「おうっ!」
その瞬間を狙って、奴の斬撃が俺の首筋へと飛び込んできた。
(つづく)
今日は短め
続きは明日に




