夢の跡16
「やはり来たか」
降り立った俺たちを正面に見据える形で彼はそう言った。
「京極の奴はだいぶ鈍っていた。まあ、順当といったところか」
先程その京極を背後から一刺しにした本人の評価だ。
だが、恐らく言いたいのはそれではないのだろうというのは、その後すぐに続いた言葉が示している。
「奴は結局、どこまで行ってもお利口さんの側にしかいられない。端から俺や君とは違う」
この時の君が三人のうち誰を指しているのかはその視線が何より雄弁に物語っている。
ならば、回答もその指名された者がするべきだ。
「では、俺とあなたは何だと言うのですか?」
だが、それについての回答は無かった。
答えられない――そうではない。
分かり切っているのだ。
俺自身、尋ねながら彼の考えは分かっていた。
「君は俺と同じだ」
繰り返す彼のその説。
「あの日、メガリスによってメリン島が崩壊する直前、私と島の集落を巡っただろう?その時の君の姿、その目や態度からピンときた。君はこれから先、各々が配信者としてその力を振るった時代が終わり、一般社会と同じくお利口さんによるお利口なビジネスの舞台になっていくだろう環境を憂いていた」
否定は出来なかった。
配信者としての役割は終わりつつある。その事に対して、仕事を辞めて両親に勘当されてまで配信者に出戻りした立場では歓迎など到底できないのが本音だ。
――いや、本当の本音は別だ。そんな表面的な部分ではない。
「どうだ?君もこっち側に来ないか?」
「「!?」」
有馬さんと鷲塚君が耳を疑っているのは、顔を見なくても分かった。
「こいつ……何を言って……」
同じ物を聞いていたオペレーターもまた、理解できていないようだ。
つまり、今この状況で彼の言葉を理解できるのは俺だけという事だ。
「そっちとは?」
「メガリスはこの一つが最後ではない。世界中のゲートから入ることができる無数のダンジョン、そしてそこに点在するメガリス。今世界中で京極達のように無断侵入を試みて、メガリスに接触している者達もいる。君さえ望めば、私は君をそうしたメガリスの一つに連れていくことが、そして君もガードに仕立てることができる。君も望んでいるだろう、果てしない戦いの日々の為に」
そこで一度言葉を切る。
今度もまた、その言葉の意味を理解している――というより、狂人という一言で片づけないでいるのは俺一人のようだ。
「メガリスはガードを欲している。ガードを得てハイブを形成することが出来れば、メガリスはいつでも他の世界に侵攻可能な状態となる。分かるだろう?準備が整い次第我々が始めるのは、俺たちの生まれ育った世界への同時多発攻撃。そして全世界を相手にした終わりなき戦いだ」
異常な語彙による異常な将来展望。しかしそれを語る彼は、遠足を前にした子供のような笑顔。
その笑顔が却ってその狂気を強調しているという事も意識していないだろう、目の前のガードは更に続ける。
「決して簡単にはいかない。メガリスと繋がることで分かった事だが、我々の文明はインテリジェント・ワンのこれまで相対して来たあらゆる文明と異なる。これほどの人口を抱えた文明も、同等の技術力・軍事力を持った文明もあったが、これほどの人口と面積を網羅する情報網を持ち、その情報網とほぼ同じ規模を覆う大量破壊兵器の射程を持つ文明は初めてのケースだ。我々の世界は、地球上のどこにメガリスが侵攻しようが即座にその動きを掴む。そしてその際に投入される戦力は、私や君たち配信者とは訳が違う」
嬉々として語る姿は、俺もまた狂気以外の感想を持てない。
「メガリスやモンスターが地球に攻め入った場合、間違いなく現代兵器で武装した軍や武装勢力が立ちはだかるだろう。ゴブリンやエルフ、徘徊騎士では現代の歩兵にはまず歯が立たない。オーガや両面宿儺ならば対抗できようが、それもヘリや戦闘車両が登場するまでの間だ。あのアークドラゴンですら、現代の戦闘機にはドッグファイトにすら持ち込めないだろう。加えて70億だか80億だかの人口全ての抵抗を奪い、彼等を滅ぼすのにどれぐらいかかると思う?とてもではないが、一年や二年では足りるまい」
一年や二年では楽しみ尽くせない――彼の言葉をよりその内心に沿ったものにするのなら。
「そんなに殺し合いがしたいのか……?」
その問い、というか呟きに彼は一瞬意外そうな表情を見せ、しかしすぐに元の期待に満ちたそれに戻った。
「では何故ダンジョン配信が商売になると思う?俺や君がそれで収益を得られていたと思う?結局のところ、人間は暴力を娯楽として扱っているからだよ。ローマの剣闘士の時代から変わらない、純然たる事実だ。暴力は快楽だ。自らそれを振るえない者は、それを代行する者の配信を見て代償行為に満足する」
遠い目。昔を懐かしむ者に特有の、このいかれた状況には全く似つかわしくないそれ。
「私も同じだよ。昔からずっと、その快楽に憑りつかれていた。何とかしてそれを抑え込んで生きてきた。警官になったのは、職務の形をとれば合法的に発散できると考えたからだ。機動隊、そしてSAT、それらの過酷な訓練もまた素晴らしい代替手段ではあったが、やがてそれさえも満足できなくなった。いっそどこかのPMCにでも転がり込もうかとさえ思ったほどだ。配信者という道を見つけて、ようやく私は己の居場所を得た思いだった。だがそれさえ失われる。我々のような人間が生きるべき場所は奪われる。ならどうすればいい?……簡単だ。奪われるのなら、失われるのなら、新たに創ればいい。我々が存在できるのは果て無き闘争の中だけだ。ならば……それを生み出す」
正直に言えば、彼に共感するところが一切ないと言えば嘘になった。
今までのような配信活動はもう行えない。
これからは彼の言うように様々な企業や団体が異世界に入り込むだろう。彼の言う所のお利口さんのビジネスのために。
そして、その地均しをした我々配信者に残るのは、管理機構の下での制限された活動か、或いは思い出を胸に引退するかの二択だ。
「成程……よく分かった」
だから、それを正直に回答する。
「正直賛同するところは沢山ある」
「一条さん!?」
「一条君!?」
「マジで言ってんすか!?」
そうだ。俺は彼の言いたいことはよく分かる。
――でも、だからこそはっきり言える。
「だから残念だけど、俺はそっち側には行かない」
俺と彼とは似て非なるものだ。やりたいことがまるで違う。
「ほう……」
「俺がやりたいのは、木の棒を持ってちょっと遠くの公園まで冒険するような、ただそれだけの事なんだ」
俺も彼も、これまでのダンジョン配信の時代が終わることを悲しんでいるのは同じだ。
だが、これまでのダンジョン配信の活動において、もっとも好きだった部分は、多分全く別物だ。
冒険と戦闘、ハックとスラッシュ。そのどちらをメインに据えているかの違い。
「成程……まあ、いいさ」
案外あっさりと、國井さんはそう言って俺の答えを受け入れ――そして腰の大小の鯉口を切った。
あわせて俺も倣う――ただしこちらは大刀一振りだが。
「申し訳ないが、まあガードでもあるしね」
「気にしないでください。俺もメガリス破壊しないと戻れないし」
それに――実を言うと戦闘の興奮も決して嫌いではなかった。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




