夢の跡14
「あ……」
かすかにそれだけが漏れる断末魔。
そのあまりに静かな幕引きは、奴のそれまでの暴れ狂いぶりとはかけ離れていた。
「……」
奴の体から刀を引き抜く。刃と一緒に命が抜き取られたように、奴の膝がガクンと落ちる。
もうこいつを天高く持ち上げる蜘蛛の足は機能しない。
そして着地した時点で、無防備なこいつは終わり。
「……終わりだ」
信じられない――口ほどにものを言うその目に分かるように告げ、刀身の血を拭う。
「一条さん!」
そしてこの勝利の立役者の方を振り向く。
通常の進入方法を失っているヘリポートに、俺と同じく動かなくなった蜘蛛の足を利用して上手い事よじ登った有馬さんが、こちらに駆け寄って来る。
「……ッ!き……さま……」
「ッ!?」
その瞬間、死にゆくだけと思っていた京極が発した声を、きっと俺は生涯忘れないだろう。
それはあまりに弱々しく、かすれていて、ともすれば空耳と聞き流してしまうほどに小さな声。
しかし、これ以上に憎悪のこもった声を聞いたことはない。きっと今後も、これを超える体験をすることはないだろう。
そしてその恨みの感情が、執念となって最後の力を振り絞らせたのか、既に動くことのできないはずの足を一本、死の縁から引き戻させた。
「まずい――」
何をする気なのかはすぐに分かった。
直感的に見えた先の展開。弾かれたように振り向いて有馬さんに叫ぶ。
「避けろ!!」
周囲の液体金属によって立ち上がる京極。一本だけ動く足。最後の力を振り絞ったそれが、屋上の一角に残っていた背の高いアンテナを引き抜くと、槍投げのように有馬さんめがけて放った。
「きゃあっ!!!」
まさしく間一髪だった。
咄嗟に地面に転がって回避した彼女の、1mにも満たない距離に突き刺さるアンテナ。その際に手放した弓がヘリポートの下に落ちていく。
「あっ!」
だが、少なくともこの状況では、もう使う事はないだろう。
「貴様ッ!」
彼女の無事を目視で確認。即座に振り向きざまに放った一撃は、最後の力を振り絞った直後の京極を深々と斬りつけていた。
「……ッ!」
奴の目が見開かれる。
信じられない。理解できない――もしまだ口がきければ、その類の言葉を吐き出しただろう視線。
ただそれだけを俺に残して、奴はゆっくり、ゆっくりと崩れ落ちていく。
その京極を、今度こそ沈黙したそいつを踏み越えて更に突進。その先には、最早守る者のいなくなったメガリス。
「おおおおっ!!」
刀を振り上げ、突進の勢いを十分にのせ、大きく踏み込むのに合わせて袈裟懸けに斬りつける。
巨大な水晶のようなそれは、しかし驚くほどにソフトな手応えで俺の刃を受け入れ、そしてほとんど抵抗もなく、その刃が突き立てられた。
まるで豆腐を斬っているような、なんならスライムのように硬さよりも粘性をとって、相手の攻撃を受け止める選択をしているのかと疑いたくなるような感触。
しかしそれは杞憂であり、今の一撃で十分に致命傷を与えたのだという事は、斬撃の軌道通りに生まれた傷と、そこから放射線状に無数に伸びる大小のひび割れ。そしてなによりオペレーターの報告が教えてくれた。
「メガリス、反応急速に低下……消滅しました!メガリスの破壊に成功!!メガリスは破壊されました!!!」
その言葉を合図にするかのように、辺りに広がっていた蜘蛛の足が急速に姿を変えていく。
それまでの液体金属のゲルのような姿は石灰のように乾燥し、ボロボロの石のような姿に変わっていく。
先端から始まったその石化は、急速にその中心=既に動かない京極の体へと到達し、その凄まじい速さを全く失わずに、奴の体も同様の塊に変えていく。
「京極さん……」
その姿に有馬さんの発した声は、決して明るいものではなかった。
だが、ただ単に奴の死を悲しんでいる訳でもない。複雑な、多分自分自身でも説明のつかない感情なのだろう。
そしてその呼びかけにこたえる者はもういない。それが出来たはずの唯一の存在は、今や石から細かな灰のように変わって、眼下に広がる彼が望んだ都市に散っていった。
いや、もしかしたら初めからいなかったのかもしれない。
先程見えた奴の過去。そして奴の中に芽生えた感情と、それ故に歪んでいった――或いは歪んでいたからあんな感情を抱いたのか――あの男には、きっと正規メンバーでさえない有馬さんなど見えていなかっただろう。
奴からすれば配信者など、いやアウロスフロンティアという組織自体が、己のコンプレックス解消のための駒に過ぎなかったのだろうから。
配信者としての成功も、管理職としての成功も、そして恐らくそれを望んでいただろう経営者としての成功さえも、全ては奴の中に生まれてしまった劣等感を誤魔化すためのもの。
思えばこの都市も、このビルも「大多数を下に見下ろす成功者」という願望が作り上げたものなのかもしれない。
まあ、それを証明する手段は永遠に失われた以上、俺のつまらない妄想に過ぎないのだが。
それ以上、俺がこの事について口にすることはない。
「……馬鹿な奴」
ただそうとだけ。
これで決着はついた。
「ん……!?」
そのはずだった。
「な、何が――」
有馬さんも感じている=俺の異常ではない。
地鳴りのように低い音が辺りに響く。
それに合わせるように足元がぐらぐらと揺らぎ始める。
「オペレーター!これは――」
「そんな……っ、ビルが崩落を始めている!!」
MCライリーの一件しか知らないから、あの時がレアケースなのか、今回がそうなのかは分からない。
だが言えることは、恐らくこのままでは俺たちは、脱出の前に死ぬという事だ。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




