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夢の跡12

「なんだと……」

 思わず漏れた声は、驚きや恐怖というよりもただ茫然としているのが形になったように響いた。

 まるでパニック映画のような光景。引きちぎられた室外機が巨大な金属塊となって振り上げられる。


「ッ!!」

 それが意味するところ=奴の狙いに気付いて、踵を返すなり走り出す。

 ヘリポートのすぐ下をぐるりと囲むようなメンテナンス通路を一直線に走り、室外機を持った足から距離をとる。

 直後、背後で凄まじい衝突音。もし逃げなければ今頃肉塊になっているというのが振り返らなくても分かる程の爆音のそれから距離をとり――そして急停止。

「クソッ!」

 もう一本の足が、今度はソーラーパネルをめくり上がらせていた。

 バチバチと稲妻が走り、ケーブルがその重さに耐えられなくなったのだろう配電盤がそこから落ちていく。


 引きちぎったそれを剣のように振り上げ、一息に振り下ろす。

「ッ!!」

 今来た道を引き返して何とか躱す。

 だが、そう大きくは動けなかった。


「さっきのでか……っ!」

 メンテナンス通路は途中でなくなっていた。

 最早もとが何だったのかすら分からない程滅茶苦茶にひしゃげた金属の塊が、通路を貫通してヘリポートの足元にめり込むように転がっており、それによってメンテナンス通路が寸断された明らかだった。

 退路は断たれた。だが同時に背後も叩きつけられたソーラーパネルが砕け散り、同時にメンテナンス通路を塞いでいる。


「ちぃっ!!」

 その状態でこちらを狙うもう一つの室外機を見つけて、俺は咄嗟に通路からその下=ヘリポートを囲む屋上へと飛び降りた。

「クソッ!きりが無い!!」

 飛び降りてすぐ、頭のすぐ上を金属塊が掠めていき、さっきまで俺がいた辺りのメンテナンス通路をヘリポートの土台にめり込ませる。

 着地した辺りにはまだ大量の“残弾”がある。つまり、逃げる上では障害物にしかならないこれら全てを攻撃に使用してくる可能性があると言う事。

 こちらからでは奴の巨大な足に有効なダメージを与える方法はない。

「どうすれば……」

 そして、有効な手段を思い浮かぶまでの時間もない。

 奴の動きは変わらず、今度は何に使っていたのか分からない、人間の胴体ほどの太さのある配管をちぎり取ると、ハエ叩きのようにそれを振りかぶって追いかけてくる。


「うおおおっ!!」

 叫び、跳躍し、そして走る。

 段差や障害物が無数にある状況では思ったように距離がとれず、振り下ろされた一撃が逃げ道を破壊したことで更に移動ルートは狭まる。


「ッ!!」

 そんな中でそれを見つけたのは、ほとんど奇跡に等しかった。

 メンテナンス通路の下をくぐり、ヘリポートの下へと続く道。いや、道と呼ぶことなど出来ないただのスペース。

 だがそれを見つけた時の俺には、まさに唯一の救いの道に思え、そしてそれゆえに迷いなくそこに飛び込んだ。


「くぅっ!!」

 すぐ後ろで轟音。

 振り下ろされた配管がメンテナンス通路を屋上のコンクリートにめり込ませ、そして配管自体もその瓦礫の一部と化している。

 助かった――そう思うのも束の間だった。

「有馬さん!」

 ヘリポートの向こうに見えるのは、さっきまでの俺と同じく障害物だらけの中を逃げ回る有馬さんの姿。

 彼女もまた反撃の糸口を掴めず、そして思うように逃げる事の出来ないここで、何とか紙一重を繰り返している。


「有馬さん!こっちだ!!」

 叫びながら彼女の方へ進む。頭をぶつけるギリギリの高さしかないここを、ギリギリのスピードで移動しながら呼びかける。

「ッ!!」

 彼女がこちらに気付き、同じように飛び込んだのと、俺のすぐ頭上で大質量が叩きつけられるのは同時だ。

「くぅっ!!!」

 まだ破られてはいない。

 だが、ここもそう長くない。

 ヘリポートが破壊されれば、その時はもう逃げ場がない。

 だが、だからと言って対抗策の類はまだ思いつかない。


「どうする……?」

 口をつく言葉。だが、少なくとも俺にはどうすることも出来ない。

 考えろ――自分の頭にそう叫ぶ。しかし悲しいかな、考えれば考える程、出てくる答えは「不可能」の三文字ばかりだ。

 そしてそうしている間にも、頭のすぐ上では嵐のような騒ぎが続き、あらゆるものが飛び交っているというのが絶え間ない轟音と、その度にヘリを支えられる強度のあるはずのこの周りが細かく振動するという恐怖。


「一条さん!!」

 と、そこで有馬さんの声が響いた。

 こちらに飛び込んできた彼女の手には弓が握られていて、支柱の入り組んだこの場所でなんとか引っかからないようにあれこれしながら近づいてくる。

「無事ですか!!?」

「こっちは今のところは!!」

 距離にすると精々数m。当然平素なら叫ぶような距離ではないが、絶えず頭上で響く耳が馬鹿になりそうな程の衝突音の中では絶叫以外に会話の手段はない。


「「ッ!!!」」

 その声を察知したかのように、一際大きな、そして重々しい音が轟き、頭上からパラパラと細かい粉塵が落ち始める。

 だが、その凄まじい騒音の中でも、彼女がその次に発した言葉は、例えもっと小さい声でも聞こえていただろうものだった。

「私が奴を止めます!!」


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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