夢の跡7
屋上へと通じる扉=それまでと違う、観音開きの金属製。
「……」
それを押し開けた先には、当然と言えば当然だがそれまでとは異なる空の下の世界だ。
周囲のビル群の中でも群を抜いて高いビルの屋上。雲が覆う鉛色の空以外に見えるものはない。
その空の下、大量の配管や、エアコンの巨大な室外機やクーリングタワーが並ぶ屋上の中央にはタンデムヘリでも降りられそうな広々としたヘリポート。
俺たちが外に出た扉から伸びている道は、周囲の設備へのメンテナンス通路に降りる分岐がいくつか存在するが、真っすぐに進んだ先は中央のヘリポートだ。
そしてそのヘリポートの上にそびえ立つ、明らかにこのビルの中にあって異質の存在。
「あれが……メガリス」
この空間を生み出した原動力にして、脱出のために破壊するべきターゲット。
そこに至るべき道を真っすぐ進み、ヘリポートにかかる階段を駆け上がる。
「やはり……あのぐらいでは止められないか」
メガリスがそびえ立つそこには、当然その男もいる。
俺たちが来るのを待っていたと言わんばかりにそう言って振り向いたその男の周囲には、水銀を思わせる金属が、奴自身を包み込むようにして控えていた。
京極俊明。メガリスのガードにして、恐らくこのハイブをデザインした張本人。
「京極さん」
呼びかけた有馬さんに、奴の目がちらりと一度だけ向いた。
「どうしてこんな真似を……。沢山の配信者を犠牲にしたって、アウロスはもう……」
「……そうだな」
まるで普通の会話のような声で、何かを考えるように一度上を向いてから語りだした。
「候補生さん、私たちアウロスフロンティアの目的は何ですか?」
「えっ……」
唐突なその問いかけは、部外者の俺は勿論問われた本人も答えに窮するものだ。
アウロスフロンティアの目的。多分会社のホームページに書いてある企業理念を丸暗記しているような人間でもないと即座には答えられないだろう。
そしてその即座に応えられないという状況自体が、恐らく奴の望んでいた答えだった。
「いいですか?私たちは常に『配信事業により世界に驚きと感動を届ける』ことを考えていなければなりません」
恐らくそれが企業理念なのだろう。そして、その答え自体が、答えられなかった相手を遠回しに非難し叱咤するものだったのだろう――似たような経験をしたことがあるから分かる。
「そう、私たちは常に配信事業を、世界中に動画の配信を行わなければならない。勿論、これは貴方も知っているとは思いますが、決して甘い世界ではない。その世界で成功を収めるのにはどうするべきか?それは常に言行を一致させることだと、私は考えます」
「……何の話だ?」
部外者の漏らした疑問は無視して奴の言葉は続く。
「故に私は常にどうやって配信事業を良くするかを考える。一日が24時間なら24時間費やす。なんとかして25時間費やせないかとさえ考える。その絶え間ない努力だけが業界における成功を、即ち『存在する価値』を生み出せる」
怪しげな自己啓発セミナー。
或いはネット上で滔々と語る自称経営者。
そういう輩の意識高い系の言説をつぎはぎしたような語り。
今にも勿体ぶって横方向にゆっくり往復し始めそうな雰囲気だ。
「質問の答えはこれです。私はアウロスフロンティアの統括マネージャーとして、この会社を更に成長させる必要がある。そして……私にはそれを可能にするプランもある」
「もう会社が無いのにか?」
「会社が無いなど、だれが決めた?」
今度はこの部外者の野次に反応した。
「アウロスフロンティアはなくなっていない。いや、本社の連中は思い違いをしているだけだ。だから私はここで、事実を持って彼らを説得する。私は売られた喧嘩は買う。これは彼等と私との喧嘩だ。私は彼等に認めさせてやる。メガリスは脅威ではないと。コントロール可能だと」
――駄目だこいつ。
メガリスは脅威ではない。コントロール可能。
メガリスに操られたガードがそれを言うのは、ただの出来の悪いジョークだ。
「……目を覚ましてください」
有馬さんが呼びかける。
「大勢死にました。海老沢さんも、海風さんも、風巻さんも、宮園さんも……皆、みんな……」
「確かに苦労を強いた者がいるのは事実です。だが、彼等もきっと分かってくれる。そして、私たちはその事を忘れず、また一から新生アウロスフロンティアを作り上げていくべきです」
一瞬、こいつは実は耳が聞こえていないのではないかとさえ考えた。
言葉は通じるが会話は通じない。
熱っぽく自らの理念を演説する奴には、自分がどういう状況にいるのか分かっていないのか。
――もしメガリスの支配下に置かれたことで客観視という能力を奪われているのなら、メガリスというのはあまりに性格の悪い代物だ。
その感想を補強したのは、同じものを見ていたオペレーターの評価だった。
「……哀れな末路ね、京極」
「オペレーター?」
「この男はアウロスフロンティア初期からいるメンバーよ。そして急成長を支えてきた功績を買われて今の地位に納まったはず。そのアウロスフロンティアを失ったことで、自分自身を否定されたとでも思っているのでしょう。だから、藁にもすがる思いで今回の暴挙に出た……。大方、アウロスが管理機構の実働部隊として配信者を派遣していた頃のコネクションでも使ってメガリスの所在を聞きだしたのでしょうけど、こんな狂人の為に死んでいった連中がいると思うと、やりきれないわね」
その狂人はしかし、自分に向けられる醒めた目や非難の目に対する理解力までは狂っていなかったようだ。
「……どうも、理解してもらえないようだね」
「生憎ながら」
「なら、仕方がない」
それが合図だった。
奴の目に明確な敵意が宿る。
「証明して見せよう」
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




