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夢の跡5

「ッ!」

 再度の銃撃。彫刻が銃弾を止め、着弾の衝撃でその周囲が剥がれ落ちる。

 幸い、本物程の統率力や指揮能力はないようで、連中はただ弾の装填が終わり次第撃ってくるだけだ。

 ――と、射撃が途切れた瞬間頭上で音。

「クソッ!」

 撃ち下ろしてくる苦無を刀で受け、直後に飛び降りてきた本人を迎え撃つ。

 流石に落下の勢いそのものを受け止めるのは現実的ではない。一度跳び下がって攻撃を躱し、即座に対峙――と思ったが、視界に入って来たものを見てそれを中断。近くの木の陰に飛び込んで銃撃を躱す。


「……ッ!」

 その隙を逃す相手ではない。

 敵前逃亡した形になる俺の背後をぴたりと追って来た風巻のシェイプシフターと、振り返りざまに切り結ぶ。

 互いの鍔元がぶつかり合って火花が散り、その衝突で僅かに木陰からはみ出した俺の背中を狙った銃弾が掠めていく。

「ちぃっ!」

 と、同時に気配。

 体の位置を入れ替えながら確認したそれまでの背後には一体のスケルトン。

 距離は近い。それこそ、マスケットに装填している暇もない程に。


「!!?」

 その判断はその持ち主も俺と同じだった。

 奴が弾と火薬とさく杖の代わりに取り出したのは、腰に吊るしていた銃剣。

 それを弾の代わりに銃口へ持っていく――後は何が起きるのか言うまでもない。

「糞野郎!」

 肩に担ぐようにしての突撃が、視界の隅から殺到する。

 叫び、風巻のシェイプシフターを無理矢理蹴り剥がすと、峰に手を添えて刀を頭上に掲げた。


「ッ!!」

 直後に重い衝撃。鈍く光る銃剣の刃が頭のすぐ上を通り抜ける。

「このっ!」

 突撃を受け流しつつ半歩だけ踏込んで体ごとぶつかる。こうでもしないと突進は止まらない。

「どけっ!!」

 叫びながら、突撃の勢いを削がれて一瞬動きが鈍った奴に刃を押し付けて距離をとり、ビリヤードのキューのように切っ先付近に手を添えた形で奴のむき出しの頸椎に突っ込んでいく。

 ガリっと硬質の音が鳴り、骨の表面を切っ先が滑っていく。

「このっ――」

 だが、それで躱される訳にもいかない。

 左手を刀身から離し、即座に斥力場を展開。僅かに切っ先を沈みこませ、頚椎の椎間板に突き立てたまま、刀身から発した斥力を突っ込む。

 スケルトンの首が、異常な形に折れ曲がった。


「痛ぇか!!」

 間違いなく自分なら悶絶している一撃は、骨だけのこいつらにも効果があった。

 バキバキと音をたてながら90度上を向き、その姿勢のまま崩れ落ちていくスケルトンの戦列歩兵。

 そいつから着剣したマスケット銃をひったくり、再度攻撃を仕掛けようとしたシェイプシフターにその銃口を向ける。刀をスケルトンの首から引き抜いている時間はない。


 咄嗟に構えただけだが、それでも効果はあったらしかった。なにしろ向こうの忍刀に対してこちらはマスケット銃。リーチは雲泥の差だ。

「……」

 銃剣術の経験はない。槍についても同じだ。

 ただ配信者向け講座で習った中には、竿状武器の扱い方についての説明と、簡単な型ぐらいはあった。

 あとは刀の応用。左右の手足の、どちらを前にするのかは逆転しているが、切っ先を喉につける構えは同じ。その構えのまま、奴の方へと詰めていく。


「……ッ!」

 奴が飛び込もうとして諦め、中途半端な形に刀を振り上げたまま後ずさる。俺も色々技が使える訳ではないが、そうした差を埋めてしまうほどにリーチの差は大きい。ただ奴の喉元に切っ先を向けて距離を詰める。ただそれだけで、奴を圧している。


「ッ!」

 だが、それだけで勝てる訳ではないということは分かっていたし、こういう状況でリーチに劣る側がどういう動きに出るのか、講座で習った最低限の型でさえその辺は抑えていた。

「……」

 奴の後退が止まる――既に下がれないという合図。

「!」

 それを認識するのと同時に僅かに自ら銃剣に向かってくる。

 と、忍刀がひょいと浮き上がる。斬りつけるには遠く小さな、突くのには大きすぎる振り上げ。

 それが意味するのは撃ち落とし。

「っと!」

 ただし、奴は恐れすぎた。自分に向けられる銃剣を恐れるあまり、浅い踏込みで銃口付近を叩こうとした――故に、型通りの対処で捌ける。


「ッ!!」

 銃身を下げる。切っ先を喉元から下へ。銃を地面と平行に。

「シャァッ!!」

 そしてそれが、的が動いたことで空振りした奴の撃ち落としの直後の隙を逃さず、そのがら空きの喉を下から突き上げるのに繋がった。


「おあああっ!!!」

 叫びながら更に踏み込む。

 奴がたたらを踏み、そのまま仰向けに崩れ落ちていく。

 奴の尻が地面につき、それと同時に俺も銃剣の持ち方を変えて一度引き抜く。

 あとは極めて単純な、銃剣術もなにもない攻撃。

 即ち、力の限り地面にピン止め。


「おおおっ!!」

 無防備な腹へと突き下ろした一撃は、標本みたいに奴を地面に縫い付け、その一切の動きを止めさせた。

「よし――」

 だが、油断している時間はない。奴を突き倒したら、即座にすぐ近くの彫刻の後ろに跳び込む。その後ろから追いかけてくるような銃声と、銃弾が風を切る音から逃げるために。


「一体片付けた!」

「了解。有馬さんは――」

 オペレーターが答えながら、言葉を途切れさせた。

「まずい!」

「有馬さん!そっちに――」

 目で見えた俺と、彼女のトラバンドの映像を見ていたのだろうオペレーター。二人が同時に叫ぶ。

 彼女は俺と同じように彫刻に隠れていたが、じりじりとスケルトンたちがにじり寄ってきている中で、ゆっくりと弓を引き、それを天井に向けている。


「だめだよ……それは……」

 それは呟くような声で、しかし俺の耳には不思議としっかり届いた――多分初めて聞く、彼女の怒気を孕んだ声だった。

「何を――」

「お前……お前……ッ!」

 彼女には多分、俺たちの声は聞こえていない。

 見えているのはきっと、もう一体のシェイプシフターだけ。

 彼女が殺さざるを得なかった、海老沢アリアの姿を真似たそいつだけ。


「その姿で私の前に立つなぁッ!!!!」


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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