夢の跡3
50階分の階段を登り続けた足を投げ出す。
まだここはダンジョンで、決して油断は出来ないと理解はしているが、それでも一度足を休ませたくなるぐらいにはあった。
「ふぅ……」
一度息をつき、それから目の前の扉に目を向ける。
イージスは階段を登り始めた時に切っているため、この扉一枚の向こうに何があるのかは分からない。少なくとも扉から音は漏れてこないあたり、すぐ近くにはいないのかもしれない。
「よし……」
足の疲労感も幾分減った。これ以上止まっていれば、却って動き出す時にだるさが出る。
「行きますか」
「行きましょう」
二人一緒に立ち上がり、目の前の扉をそっと開く。
その向こうに広がっていたのは、機能しないエレベーターホールと、その向こうの壁に掛けられた案内表示。
あの表示が正確かどうかは分からないが、もし意味のあることが書いてあるならば価値はある。
先程のバーゲストの襲撃のような事態を警戒しつつエレベーターホールを抜け、廊下の左右から敵の来ないことを確認して案内表示に目を通すと、どうやらこのフロアの見取り図が描かれているらしかった。
このエレベーターホールが一番端にあり、今この表示が掛かっている壁の向こうにはオフィススペース――と言っても会議室だけのようだが。そしてその更に奥にはただっ広い空間=屋内庭園と書かれたスペースがあり、目指す上層部への階段はその向こう、建物の反対側に存在するようだ。
「屋内庭園ね……」
今までそんなものがあるところなど入ったことが無いのでどういう場所かは分からないが、少なくとも遮蔽物の類が豊富にある場所という訳ではなさそうだ。
その未知の庭園を抜けていかなければならないと反対側の階段にはたどり着かない。となれば、多少の危険は承知で進むしかない。
その案内表示を左手に曲がって廊下を直進。庭園方面に伸びている突き当り手前で足を止める。
「一条さん?」
「し……っ」
恐らく空耳ではない。
意識を集中する曲がり角の向こう、金属同士が触れ合う音が一定のリズムで聞こえてくる。
「……」
徐々に近づいてくる音。恐らく体を預けている壁のすぐ向こうにいると分かる。
それが一度やみ、それから再度遠ざかっていく。
「……ッ」
僅かに顔を出して確認。
音の正体=もはや見慣れた徘徊騎士。
恐らくここの警備を受け持っているのだろう、鎧に包まれたその巨体がゆっくりと廊下を歩いていく。
「……よし」
こちらに向いているのは背中。まだ気づいている様子はない。
「何かあったら射ってください」
有馬さんにそれだけ告げて、俺は足音を殺して忍び寄っていく。彼女の腕なら誤射はしないだろうし、何かあった場合にそのまま俺に危険が及ぶ可能性は誤射のそれより遥かに高いはずだ。
手には刀ではなくダガーを握り、測ったように一定の速度で歩くその背後に接近。
「……ッ!」
息を殺しての肉薄は、奴の足取りが不意に止まった所で終わった――仕掛けるならここだ。
「シッ!」
「!?」
奴の背中に組み付く。俺よりも大きな背中に飛び移り、背負われるようにして腕と足を巻きつける。
そして同時の一撃。兜と体の間にダガーを滑り込ませていく。
「……ッ!!」
見た目に相応しい怪力で振りほどこうとするその動きに、胴体に足を巻きつけて対抗。鍔元まで突き刺したダガーがスパイクのようにそれをアシストしていた。
「……ッ!!!」
ぐわん、と奴の体が大きく振られる。
「お……?」
そしてそれが最後の抵抗だったのだろう。がくんと膝が床につき、体の残りの部分がそれに続いて崩れ落ちていく。
「よし……」
一安心して拘束を解いた。
まさにその瞬間、横にあったすりガラスと思われる会議室の扉が蹴り破られて、今しがた始末したのと同じ徘徊騎士が飛び出して来た。
「ッ!」
当然、既にこちらには気付いている。
故に剣を抜き、こちらを向いて、盾を構えている――無防備に背中を晒している俺に向かって。
「あ――」
思わず漏れたのは、妙に気の抜けた声。
間に合わない。直感がそう伝えた瞬間、奴の盾が視界を覆った。
「ッ!!」
何も見えない。しかし何が起きているのかは分かる。
俺の視界の外では、その盾の縁を擦るようにして突きを放つべく剣の切っ先が俺を向いているのだろう。
その理解がどうするべきかという結論を引き出し、それを体に実行させるよりも、その突きは速い。
「ッ!!!?」
ようやく体がその現実に追いついた時、しかし想定は変わっていた。
奴はその姿勢のまま動かない。盾はこちらの視界を封じて動きを止める姿勢のまま、しかし距離をとった俺に反応しない。
それと同時=奴を挟んだ背後で何かが爆ぜる音。
それからスローモーションで倒れていく奴の姿。その向こうで弓返りした姿勢で構えている有馬さんの姿。
「助かりました」
二体目の徘徊騎士を踏み越えてやって来た彼女に礼を言って、それから改めてこの廊下の突き当りへ。
程なくぶつかった横引きの大きな扉。その上に書かれている銘板に刻まれた屋内庭園の文字。
いよいよ、ここからは未知のエリアだ。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




