メガリス7
「まあ、いいか……」
とはいえ、何もしないという訳にはいかない。
口から出たのはこれでどうにかする算段がついたというより、嘆いていてもどうする事も出来ないし、そうしている時間もないというだけの話だ。
再び巨木の枝が薙ぎ払う。
大振りなそれにタイミングを合わせて飛び下がり、すれ違いざまに枝の先端、枝葉末節という言葉通りの末節を狙って斬撃を見舞う。
「やった――」
今度は切り落とせた。
だが、だから何だという程度でしかない。
今の一撃で落とせたのは精々普通の木の枝ぐらいだ。奴にしてみれば表皮に傷がついた程度ですらないのだろう――実際、ダメージを受けた様子も痛みや怒りを露にする様子もない。
やはり通常の方法では駄目だ。
「……ッ!」
ショックウェーブ弾の納まったグレネードポーチに手を伸ばす。残弾は一発だけ。一体どれほど効果があるかは分からない。
一つ浮かぶ考え:こいつを目くらましにして逃げるか?
普通の方法で奴から逃げるのは難しい。奴が軽々と木々をねじ切って放るのを見たばかりだ。
だが、こいつで一瞬でも足を止め、その間に距離を開ければ――そこでシミュレートを打ち切る。
「反応更に多数!3時方向から!」
オペレーターの声に反射的にそちらに目をやる。
先程轟音が繰り返されていた方向からこちらに何かが向かっているのが見える。
「ゴブリンゾンビ……!」
数は3体。通常なら問題なく捌けるだろうが、今はそうも言っていられない。
正面と増援と、どちらを敵に回してもその間にもう片方に注意が行かなくなる。この状況ではどちらも致命的だ。
「くっ!!」
そしてその一瞬の注意の欠如は、まさにこの瞬間も発生していた。
大きく振りかぶった奴の腕が俺の頭上に殺到する。
「チィッ!!」
間一髪の回避。
どうやったのかは自分でも分からない、ヘッドスライディングのような動きで躱す。
だが、回避できるのはそこまでだ。
「あ……」
状況が搾り出す間抜けな声。
飛び込んだ先は奴の正面。ハエを叩き潰すように振り回された二つの枝の間。
唯一の利点を無理矢理挙げるとすれば、振り下ろされた方の腕が邪魔になってこの場所い流入し、巨木の根元辺りにいるゴブリンゾンビ共がこちらにくる可能性が無いということぐらい。
「ッ!!」
二つの腕が同時に動く。
目障りなチビを潰す千載一遇のチャンス。両方で確実に仕留めんとしている。
それの下をくぐれるか、一か八かに賭けて先程と同じ方向にすっ飛ぶ。
奴の振り下ろしより前にくぐれれば俺の勝ち。それ以外の全ては負け=死。
「……ッ!」
結果:不戦勝。
「どうした……?」
奴が腕を振り上げたまま唐突に止まり、表面に現れている顔の部分を3時方向に向けるように体を旋回させる。
その顔のすぐ横に何かが生えているのが一瞬だけ目に映った。
「矢……?」
小さな木の矢が一本、顔のすぐ横に刺さっている。
これまた先程の枝を斬った時と同様にほとんどダメージは確認できない。恐らく奴からすればゴミが着いたぐらいにも感じていないのだろう。
だが、それでも気になるのは、そのゴミがつまり、誰か別の敵が放ったものであるというその点だ。
目の前にいる刀を持った奴の他にもう一人敵がいる――奴が対して危険のない正面の奴からその新しい脅威の方に意識を向けていく。
まさにその瞬間、その奇妙な二撃目が飛んできた。
「え……?」
充分距離がある俺にもその姿ははっきりと分かった。
飛んできたのはもう一本の矢。
その先端には火の玉のような、しかし明らかに炎ではない光の塊が宿っている。
いや、それだけなら大した問題ではない――少なくともこの世界では。
火矢ならありふれているし、マナによる何らかの能力を行使したものでもおかしくない。
だが、その軌道は異常だった。
それは木を避けている。
たまたまコントロールよく木々の隙間を狙って射たのではない。ゴブリンゾンビたちが来たのと同じ方向から、木々を避けるように軌道をくねらせてこの場所に飛び込んできた。
「あ……」
そして極めつけ。
その矢は跳んだ。
飛んできた上に跳んだのだ。その奇妙な軌道を見ているだろう巨木の前で、空に吸い込まれるようにほぼ垂直にホップした。
誰もが一瞬それを見失っていた。
俺も、恐らくゴブリンゾンビたちも、そして狙われていたであろう巨木も――相手がその頭上に一直線に落ちてきて突き刺さるまで。
「高エネルギー反応――」
「ッ!!?」
オペレーターの声、そして視界を埋め尽くす閃光。
一拍遅れてやってきた衝撃と強風。地球の反対側から聞こえてきた位ラグを感じる轟音=さっきまで遠くで聞こえていたそれ。
「なんだっ!!」
咄嗟に閉じてしまった目を開き、まだ視界に残っている閃光によるぼやけを振り払うように頭を振って、そして知った。
巨木が仕留められている事を。その上半分が雷に打たれたように裂けて、遺された部分が黒焦げになっている事を。
そして恐らく先程の衝撃で、ゴブリンゾンビたちも巻き添えになったと言う事も、それまでの戦闘が嘘のように静まり返った世界が伝えていた。
「――反応、全て消失……いえ、待って」
「今度は――」
尋ね返そうとした時に二方向からの音=オペレーターの声と、飛び散った枝を踏みつけた音。
「ッ!」
まずは後者に反応。
ゴブリンゾンビたちを追うように現れたのは、幸いなことに人間だった。
「人……?」
向こうもこちらを見つけて目が合う。
少女、そう呼んでいい年齢だろう。和弓を携えた、水色のタイとスカートの、白いセーラー服姿が目に映る。その上からプレートキャリア代わりに弓道の胸当てをつけ、ベルトと一体化しているH型ハーネスに諸々のポーチと矢筒、そして脇差のようなものを一振り提げている。
腰まであるこげ茶色の髪の毛を一房、編み込みもしないハーフアップにしているのが、生温い微風になびくので分かった。
「配信者か……?」
その彼女の頭の後ろ、追従する様に浮遊しているテニスボール大の銀色の球体=トラバンドを見て呟いたところで、彼女もまた俺を同業者だと判断したようだった。
「あっ、ごめんなさい!」
驚いた様子でそう言って深々と頭を下げる。
「配信中の方がいると思わなくて、こっちに敵が逃げたのでつい……、すみません!お邪魔しました!」
深々と頭を下げる。
どうしていいか分からず、奇妙な沈黙が訪れた。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




