夢の跡1
最後の坂道を登る。
周囲に敵影はなく、進む先にも正面の高層ビル以外には何も見えない。
「いよいよですね……」
「ああ……」
辿り着いたそこは全面ガラス張りの広大なエントランス。
今は機能しない自動ドアを破壊して中に入る。
と、同時に通信に入って来たのはオペレーターとは異なる声。
「二人とも聞こえるか?」
「犬養博士?何か――」
久しぶりに聞いた気がする犬養博士の声。
その声は、どうやら嬉しい連絡ではないのだろうと分かるぐらいには硬いものだった。
「現在世界中で観測されているメガリスの反応が急速に増大している。君たちと同様、各国で調査に向かっているが、何が起きるか分からないのが現状だ。君たちは以前にもハイブに潜入し、その上で生還している。何か異常があったら、すぐに報告してくれ」
正直、何が異常かなど分かるはずもない。
ハイブに潜り込んだのはこれ以前にはMCライリーとの戦いでの時だけだし、その時と今とで共通のものが少なすぎて何が異常かなど分からない。
「了解しました。そちらでも何かあったら教えてください――」
だからこう返しかけて、ふと思い出す。
配信はされないとはいえ、俺たちの映像はオペレーターも見ているはずだ。
「もし必要なら、宍戸の方から映像を共有できるかと思いますが」
「はい、こちらで対応できます」
と、ここまでのやり取りを聞いていた本人も加われば、博士にも断る理由は無さそうだ。
「助かるよ。そうさせてくれ」
コメントが表示されることも、再生数を気にする必要も最早ない。
だが、それでも配信者のノウハウは活かされるようだ。
「では進みます」
そう言って通信を終え、改めて目の前のエントランスに足を踏み入れる。
大企業の――というより都心の高層ビルのエントランスだろうか。広々としたロビーのような空間の奥に大きく取られた受付。その両脇から回り込める奥には、上に続くエレベーターが並ぶ。
「まあ、エレベーターが動いている事はないと思うが……」
となると生じてくる問題=この摩天楼を徒歩で最上階まで登っていくという苦労。
「……」
思わず見上げる。どうやら二階部分は受付の上辺りまで吹き抜けになっているようで、その上にある三階の床から下がっている幾何学的な照明以外になにもない空間が広がっていた。
「まあ、仕方ないですね。行きましょう」
有馬さんは先に覚悟が決まったらしい。
まあ、仕方がない。他に道が無い以上はそれで行くしかない。
彼女と共に無人の受付を通り抜け、その奥のエレベーターホールへ。
どうやらこのエレベーターで行かれるのは中層までで、そこからは別のエレベーターに乗り換えて最上階まで向かう事になっているらしい。
どの道エレベーターが使えないので関係ない――そう思ったのだが、残念なことにそのエレベーターに並走する階段も同じ場所で途切れているようで、中層でもう一度階段を探さなければならないようだ。
「骨が折れるな……」
とはいえ、他に道もないのだ。諦めてエレベーターホールを奥へと進む。
左右にそれぞれ三基、計六基のエレベーターが並んでいるが、今はただ金属の光沢を誇る締め切られたデカい扉に過ぎない。
俺たちの目指すのはその突き当りにある階段。エレベーターのそれに比べると随分質素な、まさしく非常用と分かる扉の向こうの階段だ。
どれぐらい時間がかかるか分からないが、エレベーターが使えない以上仕方がない。
「「ッ!!?」」
そう覚悟してそちらに向かっていたのだ。
それが突然、エレベーターホールの真ん中辺りで全てのエレベーターが同時に到着を告げる電子音を鳴らせば、否が応でも身構える。
「ッ!!!」
そしてその直後、全ての扉が一斉に開き、俺たちを囲む形で現れたバーゲストたちが飛び掛かって来たことで、俺たちのその準備は正しかったと証明された。
「ちぃっ!!」
咄嗟に抜刀し、そのまま抜き打ちに一体の胴を払う。
「イージス!」
それとほぼ同時に宣言し起動。襲い掛かって来た六体との距離やそいつらの状態、そして有馬さんの状況も即座に脳に流れ込んできて、それと並行して戦闘プランの立案と実行が始まる。
一体目と同時に襲い掛かって来た一体の牙を左籠手で受け止め、それとは別に突撃して来た個体を蹴り飛ばすと、一体を斬り捨てた刀身を右手で操り、左腕にぶら下がっているバーゲストを串刺しにして捨てる。
「くうぅっ!」
そこで刀を手放し、代わりにダガーを引き抜いて振り返る。
その勢いのまま、有馬さんが弓で必死に防いでいるバーゲストの横っ腹を蹴り飛ばして彼女から離れさせ、俺の背後から襲おうとしていた一体をダガーで迎える。
「この野郎!」
叫びながら刺したダガーを引き抜いて再度振り向くと、最初に蹴り飛ばした一体が丁度飛び掛かって来るところだ。
「ッ!!」
再度左腕を突き出す。
大型犬というか狼に近いバーゲストの質量での噛みつきは、しっかり腰を落として受けなければそのまま押し倒されかねない。
「オラッ!」
そのずしりとする質量を左腕で受け止めると、その首にダガーを沈みこませ、そいつごと振り向きざまに蹴り飛ばした二匹目の方に振り向き、蹴られた怒りで飛び掛かって来るそいつに死体を叩きつけてやる。
「ギャッ!!!」
再度攻撃を阻まれたその個体が、味方の死体諸共嚙みちぎろうと襲い掛からんとするまさにその時、奴が裂帛の気勢に一瞬だけ視野の広さを取り戻した。
「はああっ!!」
奴が思わず振り向いた先=脇差を逆手に持って飛び掛かる有馬さん。
通常のバーゲストなら反応できただろうそれも、今の奴のタイミングでは叶わない。
「ギッ!!!」
短い悲鳴だけが上がり、首を串刺しにされたそいつは、そのまま床に伏せるようにこと切れた。
襲撃時、俺と背中合わせの状態で彼女が抜き打ちに仕留めた一体と合わせて、これでバーゲスト六体は片付いた。
「ッ!まだか……」
だが、まだ終わってはいない。
気配を感じて振り向いた先は、つい先ほど通り抜けた受付。
恐らく吹き抜けから降りてきたのだろうアラクネ=蜘蛛の体と人の上半身が繋がったモンスターが、蜘蛛の部分の宝石のような赤い目で俺たちを捉えていた。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




