ある配信者たちの顛末24
「ぅ……」
眩しさに思わず閉じていた眼を開く。
時間にして数秒、どれ程多く見積もっても十秒は経っていなかったはずだが、メガリスにとってはそれで十分だったようだ。
「これは……」
同じものを見ている有馬さんが戸惑いを隠さない声。
どうやら俺だけではなく、彼女も、そして既に息のない二人も同様にここに連れてこられたらしい。
連れてこられた、というよりも周囲が急変したと言うべきだろうか。
広々とした並木道は高架の上の高速道路に変わり、周囲の景色はそれまでの学園ドラマのセットではなく、巨大な都市そのものに、正確に言えばその都市に向かっているこの道路と、その下に広がる比較的小さなビル群とに変わっている。
そしてそれまで目の前にあったはずのメガリスは姿を消し、國井さんもまた同様だ。
「これは……」
「あっ!一条さん!」
そこで有馬さんも俺に気付いたようだった。
絞められていたダメージから立ち直ったのだろう、こちらに向かって歩を進めてくる。
「ご無事でしたか!?」
「ああ。有馬さんも」
お互いの傷跡に目をやる。
流石に完全に元通りとまではいかないのか、彼女の首にはまだ生々しい青あざが、絞められた痕跡として残っている。
「二人とも無事!?」
と、そこでインカムに声。
映像は、つまり、俺と有馬さんが殺されかけた一部始終は彼女にも見えていただろう。
「こちら有馬。なんとか無事です」
「こちら一条。こちらも無事だ」
その答えに返って来たのは言葉ではなくため息。
それが安堵によるものなのは言うまでもないだろう。
「よかった……」
その証拠のような、泣きだすのを必死でこらえるようなその呟きが全てを物語っていた。
ああ、生きている。俺は生きている――不思議な事だが、彼女のその声が、俺にその事を改めて認識させた。
俺は生きている。有馬さんも生きている。
こうして自分の足で立って、オペレーターからの問いかけに応えることができる。
――だが、それに感動するのはもう少し後だ。
「それで、ここはどこだ?」
十中八九予想はついているが、それでも念のため確認。
「多分ご想像の通り、さっきまで目の前にあったメガリスのハイブよ」
向こうもその予想をしている事は織り込み済みだったようだ。
「海風レモンから京極にガードが変わったことで、このハイブの世界観も変わったみたいね。恐らく、奴の中にある執着や憧れがこの都市なんだろうけど……具体的にどこなのかは分からないわ。恐らく、大都市の最大公約数的な姿でしょうね」
その見立ては恐らく正しいだろう。
この高速道路の進行方向に見える高層ビル群。その景色の前にそびえ立つ道路案内に書かれている文字や数字は、全てどこの言語とも取れない不思議な象形文字のようなものばかりだ。
「了解。それで、メガリスはどこに?」
「ちょっと待って……」
それから数秒の沈黙が流れた。
俺たちは周囲に警戒しながら、同時に意識をこの道路の先=奥に見える高層ビル群に向けている。
「二人とも聞こえる?メガリスの反応は奥の高層ビル群、その一番高いビルの屋上から検出されたわ。間違いなく何かいると思うから、注意して進んで」
やはり、意識を向けていたのは正解だった。
こういう都市をイメージする奴が、高速道路にほど近い4~5階建てぐらいの雑居ビルの一室に居を構えるとは思えない。
「了解。それで、どうやって行けばいい?」
「その道路をしばらくは進んで。向こうのビル群に入ったら降りる必要があるだろうけど、しばらくはそのまま、橋を渡るまで道なりよ」
「了解した」
そこで次の言葉が続くまでには、また一拍空いた。
「……分かっていると思うけど、メガリスの守りには京極がいる。決して気を抜かないで」
あの体験をして気を抜ける訳がない。
が、言いたいことは分かっている。
「ああ。分かっている」
「それと……」
それからもう一つの追加情報。
「メガリスからの反応が極めて強くなっているわ。何か企んでいるのかもしれない。そちらも何か分かったらすぐに伝える」
「ああ。そうしてくれ」
こちらは予想していなかった。
まあとにかく、こちらで出来ることはあのビル群に入り、メガリスを破壊することだけだ。
メガリスの反応が強くなっているというのがどういう状況かは分からないが、そこに行かなければならない事に変わりはない。どの道、メガリスを破壊しない限りハイブから脱出は出来ないのだから。
と、ひとまずのやり取りを終えたら、後は自分たちの装備確認だ。
幸い武器は無事だ。プレートキャリアや籠手も、多少の傷はあるが実用には問題ないだろう。
だが問題はその他の消耗品、というよりLIFE RECOVERYの消耗だ。
先程のまでの戦闘は、それがなければ何度死んだか分からないようなものだった。
お陰でこうして命が繋がっている訳だが、ここから先に進むのにあと一個しかないのは 流石に心許ない。
「一条さん、LIFE RECOVERYは――」
「俺は一個しか残ってないな……」
「私もです。これだけでは……」
余裕がないのはどちらも一緒。
「どうするか……」
言いながら辺りを見回し――そして、目に入った。
「……使わせてもらおう」
「えっ」
「二人はもう使わない」
もう使わない二人=倒れている海老沢アリアと宮園麗華。
彼女らの方へ歩み寄り腰を下ろす。
「申し訳ないが、それ、貰うよ」
彼女らが持っていることを期待して装備品に手を伸ばし、それから一瞬手を止め、そして合掌。
「あ、まって――」
と、そこで有馬さんが声をかけた。
振り向いた俺のすぐ横にいた彼女は、同じように腰を下ろすと、そっと宮園麗華に手を伸ばす。
「……安らかに」
そう言うと、彼女の開いたままの瞼をそっと閉じた。
(つづく)
投稿遅くなりまして申し訳ございません
今日はここまで
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