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ある出戻り配信者の顛末  作者: 九木圭人
ある配信者たちの顛末
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ある配信者たちの顛末23

 串刺しにされた京極から刀が引き抜かれる。奴の体が完全にうつ伏せに倒れ、力を失った尻尾の先から、既に手足の力が抜け始めていた有馬さんが解放される。

「ぐっ!ごほっ!!げほっ!!!」

 何とか息を吹き返した姿を視界に捉えて少しばかり安堵するが、目の前の状況はそれだけで済ませてはくれない。


「國井……さん?」

 息をするだけで痛む体すらも忘れて声が漏れる。

 幻ではない。目の前にいるのは間違いなく、あの日メガリス破壊のためモンスターの大群の中に消えていった國井玄信その人だ。

「残念だよ、京極さん。俺とあんた……二大勢力のトップ同士の直接対決……そんな風に思っていたんだがね……」

 言いながら、それまでの姿とはかけ離れて地を這う京極の背中を踏みつけて抑えつける。


「がっ!!?」

「まさか……こんな程度とは」

 亀の甲羅のように背中側に集中する水銀の鎧。

 しかし突き下ろされた刃は、その真ん中をいとも容易く貫いて、足元でもがく相手を地面にピン止めした。

「國井……ッ!どうして……貴様……ッ!!」

 抱いている感情は別だろうが、その疑問は俺も同じだった。

 ――いや、可能性としてはある。あの時彼は姿を消した。だが、今日まで死体は発見されていなかった。


「……簡単に言えば、考え方の違いというものだ」

 標本のようにピン止めした相手を見下ろしながら、少し考えるように一拍置いて彼は答えた。

「あんたはメガリスをコントロールしようとした。成程、こいつを手懐ける事が出来れば、確かに安全に運用することもできるだろう。……だが、それでは面白くない」

 痛みが退いていく。LIFE RECOVERYの効果が出始めて、折れているだろう肋骨も元に戻りつつある。

 だが、じんわりと温かいようなその回復の感覚も、今では寒気に変わっていた――これまでの敵同様、深紅の光を放つ國井さんの双眸によって。


「國井さん……何を……」

 彼はメガリスを破壊に向かったはずだ。

 あの日、最悪の事態を防ぐために自ら犠牲になったはずだ。

「ああ、一条さん。君なら多分分かってくれるんじゃないかな。あの日の昼間、一緒に話した君なら」

 國井さん、いや國井さんの姿をした怪物が俺にそう語り掛ける。

 あの日までと同じ声と、同じ姿と、同じテンションで。


「いずれお利口さんの時代が来る。こっちの世界を地球と同じように開発し、政治やビジネスに利用する、ちょうどこの京極のようなお利口さんが幅を利かせる時代が。だが、そこに俺たちの居場所はない。危険を承知で道を切り開き、血沸き肉躍る戦いはない。メガリスは私にそれを教えてくれた。そして……私にもう一つの道を示してくれた」

 寒気が、恐怖に変わる。


「メガリスの制御ではなく協調。即ち……俺たちの世界への侵攻だ」

「何を……言って……」

「告白しよう。あの時、モンスターの群れを斬り伏せてメガリスに肉薄した俺は、心底興奮していたよ。人生で最良の時だと、心の底から確信できた。他の一切を気にする必要もなく、ただ純粋に目の前の敵を倒し、破壊するべき目標に向けて突き進む、俺の最も好む、最も得意で、最も望んだ行動。そしてメガリスに到達したとき、俺はメガリスの声を聞いた」

 それが狂人の幻聴ではないというのはその姿を見ればわかる。


「そして声が教えてくれた。メガリスの存在理由。その歴史。それを知れば、メガリスのガードとなることが俺にとってこれ以上ない程に魅力的な提案だという結論に達することに、いささかの迷いもなかった」

 メガリスの存在理由=他の世界を侵攻するために作られた兵器。

 インテリジェント・ワンの娯楽のための兵器生産工場にして、侵略の橋頭堡。

 彼は自ら進んでそのガードになった。

 つまり國井さんは、目の前の男はこう言いたいのだ。

 人類相手に戦争をしたいからメガリス側についた、と。


「俺は朽ちたくない。このままお利口さんたちの時代を迎えて、おもちゃを取り上げられたまま、歳を重ねて朽ちていくなど御免だ。俺はここにしかいられない。ここにしかいたくない。……メガリスは、それを叶えてくれる」

「……いかれている」

 思わず本心が言葉となって漏れる。

 俺とて、この仕事がなくなればつまらない思いをするというのは頭のどこかにある。

 今後訪れるだろう、彼の言うお利口さんの時代に、普通の仕事に馴染めず両親に絶縁されてでも選んだ配信者という仕事が出来なくなるだろうという事に不満がない訳ではない。

 だがそのためにメガリスのガードになるかと言われれば、話は別だ。

 ――或いは、いずれはそういう幻想を抱くことがあったとしても、それはあくまで愚痴の語彙の一つとして程度だろう。


「いかれている……か。君なら分かってくれると思っていたんだが……まあ、仕方がない」

 無理強いはしないさ、人間だった頃と変わらぬ調子でそう言いながら、國井さんは足元で虫の息になっている京極を掴み上げた。

「ぐぅっ……!」

「それなら、俺は俺でやるだけさ」

 抵抗を試みる京極だが、瀕死のこの男に出来ることなどたかが知れている。

「な、何をする……ッ!」

「京極さん。あんたなら……いいガードになりそうだ」

 そう言うと、彼は京極をすぐ近くのメガリスに押し付ける。

 同時に、メガリスから――ちょうどそれまで京極が使っていたのと同じような――触手が無数に現れた。


「ッ!!?」

 京極のそれとは金属か、透明な発光体か程度の差しかないそれが、逃げようと手足を動かす京極を瞬く間に包み込んでいく。

「ぐおっ……!!?あっ――」

 無数の光の触手。

 それに余すところなく包み込まれ、光の繭へと変わっていく京極。

 その姿が、メガリスの中へとゆっくり沈んでいく。


「さあ、楽しくなるぞ……!!」

 満足そうに國井さんがそう言ったのを合図にしたように、辺りが凄まじい光に飲み込まれた。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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