ある配信者たちの顛末22
「貴様ッ!」
飛び退き、更に迫って来た尻尾を切断。
「ああ、君は確か……どこかの配信者……うちの候補生とコラボしたか何かの」
奴の興味を示さない様子の声。
俺に興味を示さないだけではなく、切り落とされた自らの尻尾にも同様な様子だ。
まあ、後者は無理もない――即座に復活したのだから。
と、俺の興味も一瞬奴から移る。
「うぅ……」
ふらつきながらもなんとか立ち上がった有馬さんの方へ。
「ほう……」
そちらには奴もほんの一瞬だけ興味を見せた。
同時に奴の頭上に浮かび上がるトラバンド――海風レモンのそれと同様の、バスケットボール大の球体の中央に砲口が開けられたそれ。
「ッ!」
何をするのかは即座に分かった。
桜の木を支えにして何とか起き上がる有馬さん。叩きつけられたダメージは、恐らく死んでいないのが奇跡に思える程に深刻だろう。
奴のトラバンドの砲口は、そちらに向けて赤い稲妻が迸らせている。
「やめろ――」
叫んだ瞬間、閃光が煌めく。
「ッ!!!?」
回避など出来るはずもない状態の有馬さんに向かって。
「ぁ……」
僅かに口から漏れた声はそれだけ。
後は、ただ赤黒い血だけが滴れる――口と、腹に開いた穴から。
両膝、そして体。ゆっくりと、スローモーションのように彼女が崩れ落ちていく。
「終わった――」
「貴様ッ!!」
気付いた時、俺は奴に斬りかかっていた。
奴の尻尾は水銀のように広がり、今や奴の体を包み込むように展開。振り下ろした刃と硬い音を立て、斬撃を受け止めている。
「ああ、思い出したよ、君」
鎧を斬っても意味がない。
なら、その隙間を狙うだけ。
「そこの候補生とコラボした後、風巻と戦っていた」
鎧が即座に変形し、露出していた顔面と首を覆う――再び響く金属同士の衝突音。
同時に、わき腹に鈍い痛みが突き刺さる。
「がっ!!!」
「……本当に目障りな奴だ」
もう一本の尻尾。いや、鎧から伸びてきた触手?それが、フルスイングで叩き込まれていた。
体の中から聞こえてくる、何か硬いものがへし折れる音。
それに続く、痛覚制御をもってしても声も出せない程の激痛。
「……ッ!!!」
「儀礼として用意してやったコラボの後であのような真似、そして今回のこれ……、どこまでも私の邪魔をしてくれる」
奴の表情が初めて歪む。
道で犬の糞を踏んだような不快感と苛立ちとをないまぜにしたその顔が、思わず膝をついた俺を見下ろしていた。
「この業界は、いやこの世界は結果が全て。数字が全てだ。……どこの馬の骨とも分からないお前のような木っ端が、アウロスフロンティアの私に逆らう?全く考えられない」
吐き捨てると同時に展開するトラバンド。その数は八機。
「な……」
見間違いではない。
ダメージで視界がおかしくなっている訳でもないだろう。
奴は同時に八機のトラバンドを運用している。
「ああ、これですか」
その八機が、俺を取り囲むように展開する。
砲口は全てこちらを向き、バチバチと赤い光を迸らせて。
通常、トラバンドを一度に動かせるのは一機のみだ。使用者の脳波によってコントロールしているトラバンド運用は、トラバンド制御システムが搭載された第三世代型デバイスの登場によってようやく一機のみなら安定運用が可能となった。それを八機同時など、もし無理矢理にやろうとすれば脳を焼き切ることになりかねない。
「デバイスの更新手術をこの前受けましてね。まだ試作段階ですが、第四世代機を搭載することが出来た。これからの時代はこうした複数機のトラバンドを用い、それを戦闘に転用することも可能となる。勿論それだけではない。かつてマナ技術が様々な分野で技術革新をおこしたように、第四世代機もまた、同様のポテンシャルを秘めている。複数のトラバンドの同時運用技術は戦闘だけでなく、様々な分野に応用可能だ。そしてその分野でも、我々アウロスフロンティアはパイオニアとなるべきだった……」
嘆かわしい――そう付け足す代わりに眉間をおさえて首を振る京極。
だが、奴の気持ちの切り替えは早い。
「……まあ、いいでしょう。時代遅れの老人たちには私から実績を持って証明すればいい。メガリスは決して制御不可能の怪物ではない、トラバンドの複数制御のように、人類にコントロール可能な代物であると」
「何を……」
奴が踵を返す。
その向かう先はメガリスと――その後ろに倒れている有馬さん。
「まだ息がありますか……なら好都合だ」
奴の尻尾の一つが、その有馬さんの首に巻き付き、軽々とその主の顔より上に持ち上げていく。
「かっ、あっ……ぐっ……」
無論、首に巻き付いたその一本で全身を持ち上げられている本人の苦痛は言うまでもない。
縛り首のような形になり、その巻き付いた尻尾に両手の指で抗っているが、極僅かな隙間をつくることさえ出来ないのは、空しく空を切る両足と苦しそうな声で分かる。
恐らくLIFE RECOVERYの効果で繋がったのだろう彼女の命は、絞殺によって再度奪われようとしている。
「やめろ!」
「安心しなさい。君の思っているような形にはしない」
尻尾が主の前に、捕えた相手を持っていく。苦痛に歪むその顔を見せるように。
「候補生、君に新しい仕事を任せよう」
「ぐっ……ぁ……」
その時初めて、奴の顔が歪んだ――口角を引き上げることで。
「喜べ、君が主役だ。戦死した海風レモンに変わり、君がこのメガリスのガードとなる」
奴はそう言って、彼女をメガリスに近づける。
「君が新しい世界を創り出せ。それを私が監督しよう。ちょうど今のように。そしてともに示そう。我々はメガリスをコントロール出来ると」
滔々と語る京極。
奴はその狂気の笑みを浮かべたまま、俺の方に振り向く。
「そうだ。せっかくこの娘を使うのだ、コソ泥のようにうちの人間を持っていったお前達にもコラボ企画をやらせてやろう。新たなハイブに最初に取り込むのは――」
貴様だ――多分、そう言いたかったのだろう。
だが、そうはならなかった。
奴の背後、奴が現れた時と同じ現象=空間が歪み、ねじ曲がり、そして――裂ける。
「ッ!!」
そこから飛び出したものは、同時に京極からも飛び出した。
「なっ……あ……」
水銀のような鎧に覆われていたはずの京極。その背中から鳩尾を貫いたのは、一振りの刀。
「期待外れだな」
刃が引き抜かれた傷口から噴水のように血を噴き出して崩れた京極の後ろで、その人物はただ一言そう漏らした。
「お前……國……井……ッ!?」
京極の口から絞り出された名前。
あの日、メガリスを破壊するためにあの空間に飛び込み姿を消した、最強の配信者の名前。
そして、その時の姿のまま、京極を貫いた刃をだらりと下げた、その人物の名前。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




