ある配信者たちの顛末19
石畳の道を、俺たち二人は歩いていく。
一番大きな桜の木。その根元にそびえ立つメガリスと、その手前で崩壊した玉座の上でぐったりと動かない海風レモン。
そしてその手前で海老沢アリアの亡骸を抱きかかえて座り込んでいる宮園さん。
「「……」」
俺たちに掛けてやる言葉は無かった。
そこにいるのは元アウロスの配信者でも、ここまでモンスターを斬り捨ててきた剣士の姿でもない。
「アリア……どうしてここに来ちゃったの?私は……」
ただ、自分の友人を目の前で失った、哀れな女の姿だ。
終わらせよう――その想いが一層強くなる。
幸い、ガード本人は崩れかけた玉座の上で、同じく崩れかけた体を何とか支えながら俺たちを見上げるだけ。最早戦闘能力はないということは、誰の目にも明らかだった。
「どうして……私は……私はアイドルに……、……になれ……」
ぼそぼそとうわ言のように言葉を続けるその声は、かつてアウロスのアイドル路線をひた走っていた人気配信者とは到底思えない、老人のようなしわがれたもの。
「……残念だが」
彼女がここでガードになった理由は、前に宮園さんが説明した通りだろう。
アウロスの在りし日には、彼女を気に入っていた社長から本社に移籍してアイドルデビューという話も来ていたのだろう。
そして本人はそれを信じ、それを望んでいた――アウロス本社に学園ドラマの撮影と、このハイブの姿が物語っているように。
だが、結局そんなものありはしなかった。
彼女は利用され、弄ばれ、事情が変わって捨てられた。
思えば哀れな女。さしずめその捨てられたという事実に耐えられずに、京極に着いてきたのだろう。
それも、ここで終わりだ――そう思って切っ先を向けた、まさにその時だった。
「二人とも待って!極めて強い反応が接近中!」
オペレーターの信じがたいというような声が俺たちの行動を止めた。
「強い反応?」
辺りを見回すが、モンスターの類は存在しない。
となれば配信者――今現在、ここでそれが出来る者は一人しかいない。
「ッ!!一条さん!前に!!」
その結論に至るのと同時に、有馬さんが異常に気付く。
メガリスのすぐ後ろ、この学校の校門がある辺りの景色が歪んでいる。
元々その外は設定されていないのだろう、書き割りのような遠景が、画像を加工したように歪み、渦巻いていく。
「反応更に増大!!来る!!」
果たしてオペレーターがその叫びを言葉にするのと、実際にその姿が現れるのはほとんど同時だった。
「ッ!!?」
「やはりか……」
歪みの向こうから、空間を裂く何者か。
彼を吐き出したことで力がかからなくなったのか、彼の背後の空間が元に戻っていく。
「随分と、大ごとになったようですね」
ここには場違いな――いや、景色だけで言えばそうとも言い難い――スーツのズボンに糊のきいた白いワイシャツ姿。目の前で自らの部下が死んでいる、そして今まさに死にかけている者もいるという状況とはかけ離れた他人事な言葉。
「京極さん……」
有馬さんの呼びかけには、戸惑いがはっきりと表れていた。
だが、当人にそんな呼びかけに、そんな戸惑いに応えて懇切丁寧に説明する気など毛頭なさそうだ。
「ッ!カメラ回っていないとそういう感じか……?」
思わず軽口を漏らしたのは、直感的に奴の視線が不快だったからだ。
京極俊明。アウロスフロンティア統括マネージャーにして、その腕前と紳士的な態度に清潔感のあるスマートな印象を与えるいで立ちの配信者の面影は最早ない。
これまで対峙してきた配信者には無かった目。風巻と初めて戦った時に見せたようなそれとは違う、隠すつもりのないむき出しの敵意と憎悪。
目の前の相手が憎い、目障りだと、一言も発せずともしっかりと伝わる目。国語辞典に写真を載せるなら『目は口程に物を言う』の欄にこいつの目つきを載せればいいというぐらいに分かりやすい憎悪の目。
だがその豹変した状態でも、目以外はかつての姿を保とうとしているようだった。
「全く、困ったものですね」
奴の目がこの場にいる全員に注がれる。どれ一つにも興味の無さそうな目が。
「海老沢アリア、そして宮園麗華……三期生ともあろうあなた方が揃って統括マネージャーとしての私の呼びかけに応じないだけならまだしも、業務命令に明確に反抗するとは……社会人としての自覚が欠けていると言わざるを得ません。コンプライアンス研修で何を聞いていたのですか?」
自らが不法侵入をしておいてこの言い草。
恐らく、この男も既にまともではないのだろう。
「ぁ……マネー……ジ……」
掠れた、絞り出したような声がそのいかれた演説に混じる。
「ああ、貴方ですか」
崩れかけた玉座の上で、海風レモンが助けを求めるように奴に手を伸ばす。
「海風さん……私は前に言いましたよね?」
ふわりと音もなく、奴の頭上にトラバンドが一機浮上する。先程有馬さんの矢を迎撃したものと同型のものが。
「「ッ!?」」
そしてそこから放たれた光線が、海風レモンを撃ち抜いた。
「結果を出せない人間に価値はない、と」
つまらなそうな京極の言葉が、玉座の崩れていく耳障りな音の中でもはっきりと聞こえてきた。
(つづく)
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