ある配信者たちの顛末18
「うそ……」
思わず漏れた声。
それが自分の喉から出たと知ったのは、突入した矢から意識が完全に自分自身に戻って、近接信管が作動した後だった。
そしてその声が自分自身のものだと信じられないぐらい、漏れ出したそれはひどくかすれていた。
「どうして……」
からん、と手から滑り落ちた弓が石畳と音を立てる。
「マナ反応消失!二人とも無事!?アンデットたちが全て消滅していく!」
宍戸さんの叫び声。私はハッとして、身の安全も忘れて街路樹から飛び出す。
大量に並んだアンデットの兵士たち。道幅いっぱいに広がったその戦列が、まるで霧が晴れていくように薄れ、消えていく。
誰もが直立不動の姿勢――まるで、指揮官の死を受け入れているように。
「ッ!!?」
その瞬間、恐らくその光景を見て直感したのだろう、宮園さんが走り出していた。
「アリア!!!」
消えていく戦列歩兵の、最早質量のない幻となったそれらに目もくれず、真ん中を突っ切って彼女は走る。
「どうして……」
私の喉は、もう一度同じ言葉を漏らした。
見間違いなんかじゃない。
あの人は笑っていた。間違いなく笑っていた。
自らの死を受け入れるように両腕を広げて、殺そうとする私に向けるように。
その真意は分からない。操られ続けるのは苦痛で、それを取り除く死を受け入れたのか、今まさに駆け寄って泣き叫びながらその骸を抱きかかえている親友を殺さずに済むことを喜んでいたのか。
――或いは、己を害そうとした私を赦すつもりだったのか。
「有馬さん」
「ッ!?」
びくりと体が震える。
声をかけられて初めて、私は一条さんが横に立っているのを知った。
「ぁ……」
声が漏れる。先程までと変わらぬひどくかすれたもの。
同時に鼻の奥が、その周りが重くなる。
「ぅ……」
声にならない声が漏れた気がした。
それに対して一条さんがどんな表情をしているのか、滲んだ視界では分からなかった。
殺してしまった。
私は殺してしまった。
私を気にかけてくれた人を、私は殺してしまった。
体の力が抜ける。膝に石畳の冷たさが伝わってくる。続いて尻にも同じ感触が走る。
それさえ気にせずに、私は自分の顔を覆い、それから声をあげて泣いた。
※ ※ ※
何が起きたのかは分かっていた。
彼女が、有馬さんが一体何をしたのかは。
「……」
俺には言葉をかけることは出来なかった。
何を言えば正解なのか、或いは何を言えば間違いではないのか、この状況でそんなもの分かるはずもない。
だが、ここでずっとこうしている訳にもいかない。
ガードと、それに操られていた敵対者は倒しても、まだメガリス自体は残っているのだから。
「オペレーター」
だから仕事に集中する――さっき目の前の少女が成し遂げたように。
「……オペレーター!」
「……あっ、ごめんなさい。聞こえているわ」
「……メガリスは?」
「未だ健在。それにガードも、損傷は激しく、マナ反応は消滅しているものの、まだ生きているわ」
もう戦う事はできなさそうだけど、と付け足して締める。
「分かった」
ならば残るのはメガリスの破壊だけだ。
そして現状、それが出来るのは俺だけだ。
通信を終え、もう一度有馬さんの方を見る。恐らく今のやり取りも聞こえているだろう。
「……少し待っていて」
俺は彼女にそれだけ告げる。
「終わりにして帰ろう」
これ以上無理をさせる訳にはいかない。彼女にも、向こうで泣いている宮園さんにも。
彼女たちも強化人間だ。当然精神保護デバイスは入っているし、それは現在でも機能しているだろう。
だが、それはあくまで緊急事態で立ち竦んだり、思考停止して何も出来なくなるのを回避するのがメインで、人を、それも全くの赤の他人ではない知人を殺しても何も感じなくなる代物ではない。メンタルが崩壊しないだけで、傷を負わない訳ではない。
二人には時間が必要だ。俺は精神科医でもカウンセラーでもないが、今はゆっくり落ち着かせた方がいいと思うし、それこそ精神科の受診やカウンセリングの受講も必要だろうとも思う。
そのためには、このハイブを破壊して帰るのが第一だ。
「……」
そのために歩き出した一歩目で、俺の足は止まった――ズボンのすそをつままれて。
「待って……ください……」
泣き腫らした有馬さん=そのつまんでいる指の主が、か細くそう言いながら俺を見上げていた。
「私も行きます」
「大丈夫か?」
一度だけ小さく頷いて、彼女は立ち上がった。
「……終わらせましょう」
それだけ言って、まるで叱られているように、うなだれて俺の後をついてくる有馬さん。
「辛いなら――」
「いえ、大丈夫です」
俺の問いを遮ってそう言い切るが、今の彼女は立って歩くだけで限界のように見えるのは、恐らく100人中100人が覚える感想だろう。
「……そうは見えない」
「……ついていきます」
それ以上何も異論は受け付けない――そう宣言するようにそう言って、彼女は前へ進もうとする。
「一人にしないで……」
その断言と対照的な弱々しいその続きを退けることは、俺には出来なかった。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




