ある配信者たちの顛末17
「く……」
だが、そこで痛みのままに転がっている訳にもいかない。
敵は既に後列が前進して射撃を終えた最前列と入れ替わり、既に装填を終えた銃をこちらに向けようとしている。
そしてその第二射は、俺が押し倒した二人も確実に殺しに来るだろう。
「ぐぅっ!!」
ならやることは一つ。体に鞭打って二人の上からどくこと。
「木の陰へ!!」
それから叫び、同時に率先して走る。通りの隅にある街路樹の陰へ。
「ッ!!!」
そこに飛び込んだ瞬間に再び耳を聾する黒色火薬の発砲音。
幾重にも重なったそれが、マナジェネレーターの聴覚保護機能さえも無効化したかとさえ思える轟音を耳に叩きつける。
「!!?」
そしてその音に混じりながら、すぐ目の前の樹皮がビッという鋭い音を立ててはじけ飛ぶ。あと一瞬でもカバーが遅ければ、その瞬間にはじけ飛んでいたのは俺の頭だっただろうと、先程からフル稼働している精神保護デバイスが教えている。
「くぅ……」
痛みが退き始める。痛覚制御が効き始めた――だけではなく、傷が急速に塞がっていくのが分かる。
発動したことで使い切ってしまったLIFE RECOVERYを補給。ポーチから取り出したそれを食いちぎるようにして開き、中身を一息に吸い込んでいく。
「そっちは――」
通りを挟んで反対側、同じように街路樹に隠れた二人の方は、何とか無事のようだ。
――精神保護デバイス様様だ。あの状態から即座に回避行動をとらせることができるとは。
「ッ!!」
だが、そうとばかりも言っていられない。三度目の斉射が俺の体を完全に隠せるぐらいに大きかった街路樹をチーズのように変形させ、数発が幹から飛び出して伏せている俺の頭上を掠めていった。
「ちぃ……」
精々あと一発か二発。それ以上耐えられると考えるのは非現実的だろう。
「二人とも聞こえる!?そこは危険よ!!すぐに逃げて!!!」
「そうしたいがな!」
もう一度木の陰から戦列を覗き見る。見れば見る程絶望的なその光景を。
「どうする……ッ!?」
飛び出して逃げるには距離が近すぎる。
だが隠れていてもいつまでも凌げる訳ではない。射撃は勿論の事、こちらがそれを恐れて動けないと分かれば銃剣突撃だってある。白兵戦に自信があろうが、この人数差と密度では個人の技量など何の意味も持たない。
と、その時だった。反対側の、同じぐらいボロボロになった街路樹の後ろで有馬さんが弓を引くのを見たのは。
※ ※ ※
思えば、配信者を初めて誰かに温かい言葉をかけてもらったことなんてなかったかもしれない。
金になるという不確かな情報で始めさせた養家は勿論の事、会社からは候補生などものの数にも数えられていなかっただろうし、同じ候補生同士であっても――最大限よく言えば――ライバル関係だ。それも、一条さんと共にメガリスを攻略したあの時以降は完全に敵と言っていい扱いだった。降って湧いた幸運によって名が売れた同期――正規メンバー入りを悲願とする人たちにとって、私の存在はさぞ疎ましかっただろう。
温かい言葉をかけてくれるのは、そんな私にもいた何人かのファンと、それ以外ではあの夜出会ったアリアさんだけだった。
嬉しかった。
天と地ほどに離れた正規メンバーに声をかけられたからではない。
ただ、私の身を案じてくれる人がいたという、その一点に、私は救われたのだ。
撃ちたくない。殺したくなんかない。
そんな事したいはずがない。
「……」
だけど、私の手には血がついている。
つい今、彼女を殺すしかないと気付いて立ち尽くしていた私を庇ってくれた一条さんの血が。
「……」
改めて状況を知る。
私と宮園さんを守っているこの木だって既に穴だらけだ。そう長くは持たないだろう。
そしてそれは、この通りを挟んで反対側で同じような状況に置かれている一条さんだって同じだ。
「二人とも聞こえる!?そこは危険よ!!すぐに逃げて!!!」
宍戸さんの叫び声。
「……ッ!」
アリアさんを殺すなんてできない。
だが、やらなければやられるのは私たちだ。
そしてそれは、私が死に、私を守ってくれた人が死に、助けてくれた人が苦しむという事だ。
「トラバンド上昇。目標までのルート設定を開始……」
やるべきことを言葉にする。
「ターゲット捕捉。起爆方式を衝撃から近接へ変更……」
いつもは当たり前のようにこなしているそれを、一つずつ声に出す。作業に集中するために。他の全てを締め出すために。
「撃つの……?本当にアリアを撃つの!!?」
私のしようとしている事が、誰を殺し、誰を悲しませるのかを頭から締め出すために。
「……終末誘導を手動に設定」
「……やめて、やめてってば!」
「……ッ!!ホップ設定を解除!!矢つがえ!!弓引け!!!」
最後の方は、ほぼ絶叫だった。
「やめて……やめてよ……」
泣きながら弱々しくすがる宮園さんの存在全てを、彼女が止めようとしている、私がしようとしている全てを、私の中から消し去るために。
「放て!!!!」
矢が飛んでいく。標的とは反対の方向に。
即座に私の意識はその鏃に載り、その軌道を180度反転させる。
世界がぐるりと回る。進行方向に、後列と交代する射撃を終えた最前列が見える。
矢を上昇させ、そいつらの頭上を飛び越えさせる。
戦列が、騎兵が、私の視界のすぐ下で後ろにすっ飛んでいく。
その最後尾が消え、残っているのはその指揮官と、それを盾にしているガードだけ。
――近接信管の設定したのは、多分精神保護デバイスの決定だ。私が直接アリアさんを刺さなくていいように。
「……ッ!」
ガードのトラバンドが、接近に気付いて迎撃を開始する。
だが、当たらない。上から撃ち下ろすその光線の狙いは単純で、数も少ないため弾幕も張れない。
あと少しで起爆する距離。込めたエネルギーは、そこでの起爆で“指揮官”もガードも纏めて攻撃できるだけの加害半径を持っている。
迎撃を躱す。命中する軌道に入る。
もう誘導は要らない。今から逃げても、人の足で逃げ切れるほど狭い範囲の攻撃ではない。
「……ッ!?」
自身に迫る矢に対し、にっこり笑って受け入れるように両腕を広げたアリアさんが見えたのは、そう判断して誘導を切る、まさにその瞬間だった。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




