ある配信者たちの顛末14
「オペレーター、ここもハイブの中……なのか?」
念のために確認する。勿論、先程のアウロス本社の廊下もダンジョンだったのだから学校が唐突に現れてもおかしくはない。
「そこもハイブの中よ。間違いなくまだダンジョンは続いている」
「……了解」
ハイブ内はガードの記憶や執着が元になって構成されるということは、かつてMCライリーと戦った際に体験済みだ。
となれば、ここのガードはアウロス本社や学校に何らかの思い入れや強烈な記憶があるのだろうか。
「どの部屋から飛び出してくるか分からないし、さっきみたいなこともある。気を付けて進もう」
宮園さんがそう言いながら、注意深く辺りを見回しつつ足を踏み入れる。
「了解」
俺もそれに続いて校内へ。殿には有馬さんがつく形となった。
どこにでもある普通の学校の廊下。机や椅子、その他の備品などのサイズから見て、恐らく高校だろうか。全体的に小綺麗ではあるが、なんとなく未使用品というか、生徒たちが日常的にそこで学校生活を送っている感じが希薄な気がした。
――もっとも、比較対象が俺の卒業したような偏差値も民度も低めのところなのでそう思えるのかもしれないが。
「……」
先に進み、意見を翻す。
感じていた違和感の原因は俺の母校が頭悪い学校だったからではない。
「ここ、本当の学校でしょうか……?」
有馬さんが訝しがった声を漏らす。
俺よりも学生時代が身近なはずの彼女ですらも、この光景は異常に感じている。
「確かにね……」
どうやら満場一致のようだ。
「普通、こんな風に教室を並べない」
ここに入ってすぐ左手側にあったのは教室だが、その隣は突然音楽室だ。
まあ、中にはそういう学校もあるかもしれない――だが、その音楽室の隣に職員室があるのはかなり珍しい、というか多分ない。
極めつけは、その並びのその次が図書室であるという事。
普通、これらが一列に並ぶことはない。
余程の過疎地域でもない限り、高校の教室が一クラスだけなどという事はあり得ないし、一般教室の隣に音楽室と職員室と図書室が一列に並ぶというのも考えにくい。
そしてその図書室の隣は、突然昇降口になっていて下駄箱が並んでいる。
個々の部屋はしっかりとしているのに、それらを全体として見ると並び方としては妙なものになってしまう、情報の乏しい状態でAIが描いたイラストのような、奇妙な姿。
「これ、なんというか……セットみたいですね」
有馬さんの評したその言葉が、一番腑に落ちた。
そうだ。これではまるでセットだ。
学園ドラマを撮影するために、それに必要な場面だけを集めたセット。未使用品感というか、生活感が無いのもそう感じさせるのかもしれない。
そしてその感想の正誤は、昇降口に差し掛かった時に提唱した張本人によって証明された――間違いないと。
彼女の目が、昇降口上に掲げられた校章とそこに記された学校名を見つけた。
「恋桜館高校……やっぱりそうだ。ここ、本当の学校じゃありませんよ」
彼女の指が指し示す校章に倣うようにして目を向けるが、俺にはただ桜の花をかたどったよくありそうな校章にしか見えない。
「ああ、成程ね」
どうやら宮園さんは気付いたらしい。
「ってことは、ガードあいつか……」
それだけでガードの正体まで見当がつくとは、一体この場所にどういう意味があるのか、俺一人だけ皆目わからない。
「それってどういう……?」
なので正直に聞く。
「ここ、漫画に出てくる学校です」
「えっ?」
更に詳細は宮園さんにバトンタッチ。
「ちょっと前に流行った少女漫画で、主人公たちが通っているのがこの学校。確かアウロス本社が今度売り出すアイドルの宣伝も兼ねて実写化企画が進んでいるとかいう話だったけど……」
なんとなく原作ファンに嫌われそうな実写化の話が進んでいたようだ。
成程、そのセットという事であるならば確かにここの説明はつく。
だが、それが何故ハイブの中に再現されているのか?不法侵入を果たしたのは元アウロスフロンティアの四人で、そのうち一名は既に討ち果たした。
残る三人も同じアウロス系列の所属とはいえ、アイドルと配信者では全く別の存在だ。
その問題に対する答えもまた、宮園さんが教えてくれた――昇降口の向こう、公園の如く整備された校庭に通じるガラス戸を押し開けながら。
「レモン……海風レモンは、元々アイドル志望だったの。あの子、実写化企画が持ち上がった時に浮かれていた。うちのエロ社長から『本社に転属した暁にはこの作品でデビューできる』なんて聞かされていたらしいから」
そこで話が繋がった。
海風レモンにとって、この学校のセットは憧れの世界だったのだ。
いや、このセットだけではない。先程通過したアウロス本社もまた、彼女が夢見たキャリアの、彼女にとってあるべき未来の姿だったのだ。
――つまり、ここのガードの正体は、もう決まったようなものだ。
「……本当に、馬鹿な子」
吐き捨てるようにそう言いながら、しかし宮園さんのその言葉には冷たく吐き捨てるような様子が無かった。
そしてそんな事を、つまり彼女の内心を推し量る時間すらも与えずに、彼女は切り替えるように平素の声に戻して再度俺たちの先頭に立った。
「……行こう。多分あいつはこっちにいる」
「分かるのか?」
「校庭の並木道の奥にある学校で一番大きな桜の木。原作ではキービジュアルになっていたはずだから、あの子は多分そこにいる。……あの子、あの漫画自体も大好きだったみたいだし」
よくアリアと語り合っていたっけ――そんな風に付け足した声は、多分独り言だったのだろう。
「……馬鹿な奴だし、だから腹の立つこともいっぱいあったけどさ……、多分悪い子じゃなかったと思う」
そう言って、彼女は不意に俺たちの方に振り向いた。
「だからお願い。もし、本当にここのガードがあの子だったら――」
そこで生じた空白。その先を口にすることの躊躇いがあったことは間違いない。
「――せめて苦しまないように、一発で終わらせてあげたい」
(つづく)
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続きは明日に




