ある配信者たちの顛末13
アウロス本社。彼女のその言葉に訝しがるように反応したのは有馬さんだった。
「アウロス本社……ですか?」
「うん。私たちのアウロスフロンティアではなく、アウロスプロダクションの方。私も一度だけ行った事があるけど、ここはその廊下だ」
ダンジョン配信を行っていたアウロスフロンティア。その親会社にあたるアウロスプロダクションは、その名の通り元々芸能プロダクションだ。
ここはどうやら、その芸能プロダクションの廊下らしい。
「とにかく、今は先に進もう」
そう言って俺たちは動き出す。
真っすぐな廊下を、その一本道の先に向かって。
周囲に分岐も何もなく、廊下を進んだ先に左折する行き止まり。
それを信じて折れるとまた真っすぐ奥に続く廊下。
その突き当りでもう一度左折。
そうするとまた現れる、同じような廊下。
「いや……同じような、ではないな……」
まったく同じ廊下が、角を曲がる度に繰り返されている。
「やっぱり、そうですよね……」
どうやら俺の勘違いではないようで、有馬さんも違和感を覚えていたようだ。
左右に続く壁も、足元に敷かれたカーペットも、壁に貼られたポスターに至るまで、全てが同じものを繰り返している。
「オペレーター、ここの廊下がループしているようだ」
「了解。そちらを追っているけど、強大なマナ反応ではないものの、明らかにその辺りに反応があるわ。それがトラップか、或いは敵かは分からないけど、十分に注意して」
注意してと言われても、既にその中にいるのだからどうしようもない。
「どうすればいい?」
「何か違和感のあるものを探して。恐らく敵にせよトラップにせよ、何かに擬態しているはず」
違和感。
そう言われてもすぐには浮かんでこない。
一個あるのは、この廊下が永遠に終わらないという点だろうが、そんなものは論外だろう。
仕方ない、もう一度周囲を確認しながら廊下を進む。
周囲の景色は当然ながら変わらない。白い壁、カーペットの敷かれた床、壁に貼られたポスターの人物。そのどれもが先程見たものと同じで、そして角を曲がった先に同じものが繰り返す。
「……今度は逆に」
180度後ろを向いて歩いてみるが、結果は同じだ。
先程までと逆の順番で諸々が出てくるだけで、角を曲がった先には同じ光景の繰り返し。
「二人とも聞こえる?」
だが、何か変化はあったらしい。オペレーターが俺たちに呼びかけた。
「角を曲がる度に、微弱ながら反応が強くなっている。恐らく、その廊下をループさせている何者かはあなた達が角を曲がる都度何かの細工をしている」
と、その言葉を聞いたところで、不意に有馬さんが後ろを振り返った。
「前から気になっていたんですけど……」
言いながら、彼女は前に向き直って弓に矢を番える。
「こういうのって、進行方向とは逆に矢を射ったら、進行方向を向いている人間の前にその矢が現れるってことですよね?」
「まあ、そうだね」
弓を引き絞る。
「このまま進みましょう。それで、もう一度ループしたところで矢を後ろに放ちます」
「それは、つまり……」
「ループに入るのが角を曲がるタイミングだとすれば、その瞬間に何か異変があるはず。となれば、ループした瞬間の私たちの背後を確認すれば、その何者かを見られるかもしれません」
分かるような、分からないような。
「つまり、もしループを生み出している何者かがいるとして、正面に進んでいる時に見つからなかったなら消去法で後ろにいるかもしれないってこと?」
その宮園さんの要約で俺も理解することが出来た。
廊下は一本道だ。前に居なければ後ろしかない――言われてみればその通り。
「よし、やってみよう」
俺たちは再び真っすぐに歩き出す。
真っ白な壁、カーペットの敷かれた床、壁に貼られたポスター、規則的に並んだ天井の照明、その上にある天井のこれまた一定の間隔で設けられている細かな穴。
それら全てが全く変化なく続き、そして差し掛かった左折。
「よし……、ここっ!」
と、有馬さんが進行方向に向けて矢を射る。
再び始まった同じ廊下に一瞬だけ飛んだ矢は、即座にUターンして射手の頭上を越え、俺たちの背後に消えていく。
「……」
恐らく、かなりゆっくりと飛ばしているのだろう、トラバンドを通して表示されている矢の軌道を確認しながら――俺にはどうやっているのか分からないが――それを操る有馬さん。
「「「ッ!!?」」」
その張本人と、進行方向から現れる矢を見ていた俺たちが同時に反応したのは、恐らく同じポイントだったのだろう。
「見つけた!」
有馬さんが叫び、僅かに光を宿した矢が、こちらに向かって一気に加速する。
そしてその向かう先は、俺と宮園さんが見つけたそれ=奇妙に歪んだポスター周辺の空間。
ポスター自体が盛り上がっているかのように歪み、その歪みが周囲の環境に波のように伝わって移動する。
爬虫類を彷彿とさせる、壁に張り付いての移動。
その透明な何者かに、加速した矢が追い付いたのは、廊下の真ん中辺りよりもだいぶ手前だった。
「ッ!!」
透明な何かがのけ反る。
直後に響く、ギュボっという鈍い音。奴の体内で鏃に込められたエネルギーが爆発したのは、そしてその一矢がこの空間の主には致命傷となったのは、動きを止めたその透明な何かが凄まじい閃光と咆哮を発したことでなんとなく察した。
「反応消失。これでもうループはしないはず」
それらが止んだ時に告げられたオペレーターの言葉。
それが間違いではない事は、廊下の奥に出現した扉が物語っている。
――が、念のため確認。
「……目の前の扉が偽物である可能性は?」
「それはないと思う。少なくとも、その扉には何の反応もない」
なら、開けてもいいだろう。
「ただ、その向こうがどうなっているのかは未知数よ」
「……了解だ」
同じ物を聞いていた有馬さんが俺を見て、それから宮園さんに伝える。
「なら……」
彼女もすぐに事情を察したようだ。なら、俺たちのやるべきことは決まっている。
引き戸の両脇に俺と宮園さん。正面に距離をとって有馬さんが立つ。
正面に立った彼女が次の矢をつがえ、その鏃が光を宿すのを視認。
「……開けてください」
有馬さんの合図を待って、俺が扉に手をかけ、そのまま一気に引く。
ほぼ抵抗なく開いた扉。発射されない矢。
「「……」」
一呼吸置いて、俺と宮園さんがそれぞれ覗き込む。
「なんだここ……?」
「また廊下、だけど……」
再び現れた奥に長い廊下。
だが、今度は誰の目にも明らかな場所だった。
「学校……ですよね?」
奥に伸びているそれ=一定の広さと、左側に並ぶ扉と右側に並ぶ窓。
まさしくそれ以外にない、学校の廊下が、そこに続いていた。
(つづく)
投稿遅くなりまして申し訳ございません
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