メガリス5
その巨体にこれ以上なく似合った、地鳴りのような足音が響く。
ドームの残骸に頭を擦りそうになりながら、同じく石造りの円形の床に入る姿は、どことなく力士の土俵入りを思わせる。
だが、向かい合う相手と相撲などとれば、間違いなく殺される。
平屋の屋根ぐらいの高さから見下ろす目はぎょろりとゴルフボールぐらいはありそうで、その巨大な双眸は赤く光って俺を見下ろし、その下の口には人間の相似形とは思えない、肉食獣のような牙が並んでいる。
「グゥゥゥゥゥ……」
「そう怒るなよ」
当然、言葉が通じる相手でもないが、全く知能がないという事ではないと、その手に握られた人の頭より大きな石製の刃を持つ斧が物語っている。
「……」
一応刀を向ける。奴にとっては果物ナイフより頼りないが。
「「ッ!!」」
一瞬の対峙は遠くから響いた轟音によって崩れた。
「ガアァッ!!!」
「今のは俺じゃな――」
言いかけて、すぐに口を閉じて真横にすっ飛ぶ。振り下ろされた石斧が解体現場みたいな音を立て、間一髪で躱した俺のいた辺りをしっかりと抉り取る。
――オペレーターの話にあった別の配信者が戦闘中なのだろうが、嫌なタイミングでおっ始めてくれた。
「ガァァッッッ!!!!」
ちょこざいな小人めがけて石斧を横薙ぎに振り抜くオーガ。
これまたギリギリで目標を逸れたそれが、近くの木を粉砕してバキバキと音を立てる。
――恐ろしいが、同時にチャンスだ。
「ッ!!」
幹を粉砕された木が石斧から離れる前に奴の懐に飛び込む。
「グゥッッ!!」
突進を迎撃せんと伸ばされた左の張り手。張り倒すというよりプレスするようなそれが顔面に迫る。
「……ッ!!!」
極端なまでに上体を倒してのウィービングでそれをくぐる。
同時に相手の横を抜け、その瞬間に足の指を切っ先で切り裂いた。
「グガアアアアアアッッッ!!!!」
爪ごと指先を吹き飛ばしたことを手応えで悟り、それが決して小さな傷ではなかったことを奴の咆哮が語る。
激痛に止まった奴の足、振り返りざまにそのアキレス腱に横一閃。
「ぐっ……!」
指よりも硬い手応え。しかしそんなのは織り込み済みだ。
振り向く瞬間に腰を落とし、地面と水平に薙ぎ払った一撃はしっかりと奴の皮膚の下の脂肪まで達している。
岩のような皮膚と筋肉でさえ、一度傷がつけば斥力場が無理矢理にでも引き裂いてくれる。恐ろしく硬い手応えが一瞬で消え、後は普通の、それこそゴブリンや先程のワームと変わらない感触で刃が駆け抜けていった。
「ガアァァァァッッ!!???」
何が起きたか分からないのだろう。
突然の痛みの元を確認しようとしたか、或いは原因であるクソッタレの小人を叩き潰そうとしたか、一気に体を捻り――言う事を聞かなくなった足が耐えられず膝をつく。
「そこっ!」
当然、その小人としては逃がすはずもない。
反射的に地面に着いた左手の、子供の胴体ぐらいある手指に狙いを定めて大上段から振り下ろす。
手足の先端。デカブツ相手の戦いではそこを狙うのが一番だ――ソロ時代の経験上。
「ギガアアアァァァァァッッ!!!!!」
先程までと明らかに違う絶叫。
小指を詰められたオーガの咆哮につん裂かれそうになった鼓膜に、先程の轟音が連続して聞こえる。
「グゴオオォォッ!!!」
「くっ!!」
しかし油断はできない。右足だけで体の向きを変え、石斧が俺を赤いシミに変えんと振り下ろされる。
だが、それにも限度がある。
「こっちだでかいの!」
叫びながら奴の後方へ。その巨大な動かぬ左半身が仇となって、奴にはこちらを攻撃する手などない――ただ一つの方法を除いて。
「グオオォォッ!!」
その一つに気付いた奴の動き=追いかけるのではなく反対側から迎える。
左後ろの相手を右側から回転してバックハンドで撃つ。
「あぶねっ!」
だが、予想していれば大した動きではない。肩の付け根に刀身を当てつつ下がって受け止め、勢いを殺したところでその脇の下に刀身の半分ぐらいまでを突き入れた。
「ゴグゥッ!!?」
短い叫び、そして収縮する奴の筋肉。
「っと」
抜けなくなった刀をすぐに手放し、痛みに丸くなる背中に飛び乗って肩へとよじ登る。同時に引き抜いたダガーは、海賊よろしく口で咥えて――さっきこれでワームを切ったことは忘れていた。
「ギッ――」
奴は気付いたようだが、既に遅い。
その時には既に、俺はしがみつくように首に腕を巻きつけて、ダガーを鍔元まで頸動脈に突っ込んでいたのだから。
「ギィッッ!!!」
「うおっ!!?」
最後の抵抗――凄まじい力で暴れるオーガから飛び降り、逆手に持っていたダガーを順手に持ち替えて構えなおす。石斧を放り出して首を押さえながら、オーガの目はまだ俺への殺意を捨てていない。
その目と、動く部位だけでなんとか目の前の敵を殺そうと迫り――そして音を立てて崩れた。
「グ……グ……」
首から噴水の様に緑の血が噴き出して、周囲の石も木々も地面も同色に染めていく。
そしてその緑が濃くなればなるほどに、反比例して奴の命は弱っていく。
「……終わりにする」
動いているうちに傷が開いて抜けたのだろう、刀を再び拾い上げて奴に向き直る。
赤い光がかなり弱くなった眼球が二つ、刃を携えて近寄って来る相手を見ている。
もう抵抗の意志は感じなかった。
ただじっと、自らを殺した敵を見据えているだけだった。
「……」
ふとその時、俺の心に刺さるようなものを感じた。
漠然とした分析=きっとそれは、罪悪感に分類されるようなものなのだろう。
或いは相手がサイズ以外人間に見えるからかもしれない――ゴブリン達や徘徊騎士には感じなかったのは、多分あれらが人ではないと分かっているからだろう。だがこいつは、そう呼ぶには人に近すぎる。
先に向かってきたのはこいつ。そんな事は分かっている。だがそれでも――自分でも意外だったが――目の前で死にゆく姿に何も心を動かされない程のメンタルにはまだ至らない。
「……終わらせる」
最早力の入らない奴の方へ歩み寄る。
安全の保障された暴力は人類の無二の快楽――その快楽を扱う仕事なのだから、これは仕方がない。そんな事は分かっていた。それを自分でも楽しんでいるのだ。今更善人面する権利などどこにもない。
「……よし」
振りかぶった刀を首に振り下ろし、介錯を終える。
「オペレーター、オーガを倒した」
努めて平静に振舞う。
オペレーターとの秘匿回線は配信には載らないとはいえ、配信中にテンションを下げているのはまずい。
そんな柄にもなくおセンチになっていた俺を再び引き締めたのは、緊迫したオペレーターの声だった。
「待って、強大な反応未だ健在!すぐ近くにいます!!」
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




