ある配信者たちの顛末5
どの名前も聞き間違えではない。
そしてそれを認識すると同時に妙な納得=先行部隊の通信が途絶えたのも無理はない。
京極さんに関しては現役を退いて運営側に回っていたとはいえ、チャンネル登録者数100万人最短記録はただアピールが上手いだけではない。
海老沢アリアはレテ城の城攻めの際にその実力を見ていたし、風巻に至っては実際に刃を交えてその実力を知っている。
海風レモンに関しては実際に戦闘した訳ではなく、強大なモンスターとの戦闘の配信を見たこともないため未知数だが、アウロス正規メンバーである時点である程度以上の水準であることは容易に想像できる。
その妙に納得している俺の横で、対照的なリアクションをしていた元候補生が、信じられないと書いてある表情で尋ねる。
「えっ、それって……つまり、皆さんが京極統括マネージャーに着いていって……」
「まあ、本心からついていったのは風巻君ぐらいだろうけどね」
宮園さんは小さく肩を竦め、これから向かう分岐の先に目を向けながらそう答えた。
その声にはどこか悲しげな調子があったのは、多分聞き間違いではないだろう。
「京極……、正直あの男の事を、私は信用できなかった。ただの勘って言えばその通りだけど、直感的に胡散臭い気がしてね。あいつ、大方アウロス本社にはしごを外されて自棄になっていたのだと思う。風巻君はあんな京極に心酔しているから、あいつが来いって言ったらどこまでも行くだろうし、海風は……あいつは、馬鹿な奴だから」
吐き捨ててから、分岐の先=その馬鹿な奴が向かっただろう方向に向く目を、睨みつけるように細める。
「あいつ、ずっと勘違いしていたよ。元々地下アイドルで跳ねなかった奴が、アウロスフロンティアの社長に拾われてダンジョン配信者になって……、時期が来れば社長がアウロス本社に連れて行ってくれるって、本気で信じていやがった」
その先は何となく予想がつく――彼女が京極さんについていったという事実から想像するに。
「結局本社に戻れたのは社長だけ。あの子は捨てられて、それが我慢できなかった。潮時なんだって、夢は終わったんだって、どこかで区切りをつけなきゃいけなかったのにさ……。それであの子、アリアに相談したらしい。で、多分だけどアリアは同じようなことを言ったんだと思う。それを受け入れずに京極にそそのかされて着いていって……よせばいいのに、アリアの奴は可哀想なあいつを捨てておけなかった……アリア、私と知り合った時からずっと、そういう子だったから」
アウロスの内部事情はよく知らない。
だが、その話を聞いていた俺はある噂話を思い出していた。
アウロスにしろ八島にしろ、ファンが配信者同士の関係をあれこれ邪推することは珍しくもないが、よくコラボ企画をやる宮園麗華と海老沢アリアがプライベートでも親友であるというのはよく聞く話だった。
その関係はあくまで仲良しという設定での営業活動であるというものから、気の合う同僚という程度の話。更には同期の絆から友情と呼ぶには少し異なる形のものに至るまで、バラエティーに富んだ噂が飛び交っていた。
「私はあの子を、アリアを連れ戻す。多分、そうしないとあの子まで取り返しのつかない事に首を突っ込みそうだから。……もう遅いかもしれないけどさ、でも……仮に違法行為だったとしても、命を無駄にしてほしくないから」
そうした噂のうち、親密さがどの程度のものとするのが真相だったのかは分からないが、少なくとも営業の為ではなかったようだ。
「そう……でしたか」
有馬さんがそれだけ答えた。
何か言わなければいけない。だが、どういう言葉をかけていいのか分からない――なんとなくそんな様子の彼女を待ってやるほど、宮園麗華には時間の余裕はないようだった。
「じゃあ、もう行くね。二人とも、もしこの先であの子を見つけたら……、勿論自分の身の安全を守るのが最優先っていうのは分かるけど、一回だけでもいい。私が探していたって、私が『もう帰ろう』って言っていたって、伝えてほしい」
「ああ、分かった」
それを引き受けると、彼女は即座に踵を返した――ありがとうと言って少しだけ微笑んでから。
「それじゃ――」
「あ、待ってください!」
その一歩を引き留めたのは有馬さんだった。
彼女は呼び止めてから、俺の方を一度見る。
「一条さん、たしかこの先って、ほとんど一本道でしたよね?」
何を言いたいのかはそれで察する。
「ああ。途中に一個分岐があるが、その先はすぐに行き止まりだ。前に来た時は実質一本道だったな」
有馬さんが再びかつての先輩へ。
「一緒に行きませんか?まだモンスターが潜んでいるかもしれないですし、一本道なら行き先も一緒ですし……」
その提案に、彼女はもう一度進行方向を見て、それから少しだけ考えるように黙っていた。
恐らく、有馬さんの考えの方が合理的だ。
一本道で、目標がその先にいる可能性が高い――加えて、追跡者を攻撃している――となれば、バラバラに向かっては各個撃破のリスクがある。即席パーティでも行動する人数は多い方がいいはずだ。
その考えには、提案された彼女もすぐに行きついたようだった。
「……そうね。それなら一緒に来てもらえる?」
一瞬だけ顔を見合わせる俺と有馬さん。
提案者の顔には明らかに安堵が浮かんでいる。
「勿論です」
「よろしくお願いします」
かくして、俺たちは三人で奥へと進んでいった。
まだあの日の戦闘の痕跡が生々しく残る、この洞窟の中枢に至る道へと。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




