ある配信者たちの顛末2
「「えっ?」」
「えっ?」
三人が同時に同じ音を出し合った。
確かに彼が変身した巨鳥形態ならひと飛びでメリン島まで行けるだろうが、現地に彼がいるという情報自体をこっちは貰っていなかったのだ。
「あれ?なんも聞いていないっすか?」
どうやら鷲塚君には事前に連絡があったらしい。
俺たちのリアクションを見て首をかしげて見せると、それ以上に重大な、状況が変わってきかねない情報を口にした。
「自分もさっき言われて大急ぎで来たんけど、どうも先行している部隊と連絡が途絶えたそうで、二人にはすぐに向かってほしいと」
「「なっ……」」
絶句するしかなかった。
練度に不安があるとはいえ、投入されたのは皆元配信者だ。それが全員連絡途絶など尋常な事態ではない。
「とにかくそういうことなんで、すぐに向かってくれとのことっす!」
言うや、鷲塚君は光と共にその姿を変える。
「一気に飛ばします。しっかり捕まってください!」
俺たちが毛布のような質感のその背中に飛び乗るや、彼はそう言って翼をはためかせ、その巨体をふわりと浮かび上がらせた。
みるみるうちに地面が離れて行く。
それまで見上げていた木の先端が、瞬きするうちに遥か下方へと消えていく。
そして次の瞬間、突風が全身に吹き付けた。
「ッ!!」
辺りが急速に後ろへと吹き飛んでいく。風が吹いたのではない、俺たちが風にぶつかりにいっているのだと気付くのは、その光景を目にしてからだった。
凄まじいスピードで飛んでいく鷲塚君。
歩いていけばそれなり以上に時間のかかるメリン島までの距離を文字通り飛び越えて集落の上空までやって来る。
「流石に鎮火はしているか……」
彼の背中越しに見る島は、あの日の争乱が嘘のように静まり返り、そして島自体が緑色に染まる程に生い茂っていた森林は、集落を中心に黒ずんだ焼け跡に変わってしまっている。
「集落の中心、洞窟の前に降下します!」
「了解だ!」
台風の中のような凄まじい風の中でお互いに叫びあう俺たち。
やがてその風もおさまり、それまで全体が見えていた景色が、洞窟前の、かつてはエルフたちの集落の中心地だっただろう場所がズームされるように近づいてくる。
「自分はこの近くで待機するよう言われています!何かあったら呼んでくださいっす!」
「分かったよ。ありがとう!」
「ありがとうございます!!」
俺たちを降ろした鷲塚君は再び空に舞い上がっていく。彼の巻き起こした風が辺りの焼け残ったと言うべきだろう草木を平伏させ、崩れかけた家屋を震わせる。
その風に乗って鼻腔に届くのは、火災現場の付近で感じる何かが焼けた後の独特の臭い。
「オペレーター、二人とも集落の中に到着した。現在洞窟の前にいる」
「了解。映像を確認しました。……管理機構も、伝達のマズさは財団と一緒ね」
この部分は後でカットしておく――そう付け足してから、オペレーターが続ける。
「メリン島の集落は、前回二人が脱出した直後に強大なマナエネルギーの暴発が観測され、完全に生命反応が消滅しています。ただ、洞窟内については情報がなく未知数よ。十分に警戒して進んで」
どうやら前回の脱出は本当にギリギリだったようだ。
とはいえ、集落に声明反応が無い=敵が存在しないという点は有難い。前回のように包囲網のど真ん中などという事態は二度と御免だ。
「了解した。それで、先行した部隊も洞窟に入ったのか?」
「その連絡を最後に通信が途絶えたわ。同時に反応も消失……間違いなく中に何かいる」
幸い、八島が中に設置したマナブイは前回の騒ぎの跡も健在のようだ。
オペレーターの言葉からその事に気づいた有馬さんが口を開いた。
「洞窟内のマナブイには、なんの反応もないですか?」
「ええ。残念だけど全てのマナブイが健在って訳じゃないのか……或いは、侵入者がマナブイを知って破壊か妨害をしているのか……」
相手が元配信者であれば十分に考えられる事態だ。
「いい?二人とも無理はしないで。メガリスと接触した場合の危険はある。けど、二人の生存を最優先に」
「「了解」」
その有難い言葉を受け取ってから、心を決めて洞窟に足を踏み入れた。
「ここは……」
「そうか、初めてだったね」
ここまで入ったことは無かった有馬さんが、辺りを見回して声を漏らす。
そんな風に彼女の反応を見ていた俺だが、その俺だって目の前の光景には少し驚いていた。
変わり果てていたからではない。むしろその逆だ。
勿論、かつて設置されていた財団の研究チームが持ち込んだ諸々の資材などは変わり果てた姿で転がっていたし――研究チームの遺骨も含め――その残骸すらも残らずマナ爆発で燃え尽きたものが大半なのはなんとなく分かる。
だが、地形自体はまったく変わっていなかったし、何よりこの入口付近からでも見える分岐先の照明や、何よりこの洞窟内の、今は亡きソルテさんが語った遥か昔から存在したという照明が全て健在で、一定の光量を維持して辺りを照らしているというその点が、何より驚かせた。
まさか侵入者が焼け跡から復旧しましたというのではあるまい。
となれば、集落や研究チームを焼き払ったマナ爆発でさえも、ここの施設を破壊するには至らなかったという事になる。
インテリジェント・ワンの恐るべき文明。それを感じながら奥へと降りていく。
「ッ!?」
だが、それよりも更に目の前に差し迫った脅威が存在しているというのは、それからすぐに分かった。
「一条さん……今のって」
「ああ、聞こえた……」
地鳴りのような音。定期的に聞こえる、何か巨大な質量が這いまわるような音。
それらが、今到着した竪穴と横方向の通路との分岐に向かってきている――足の下から。
「二人とも気を付けて!巨大なマナ反応が接近!!」
オペレーターの声にそれぞれの得物に手をかける。
「来るぞ!!」
叫び、同時に実現する。
竪穴の底から、垂直に這ってきたそれが、巨大な両腕――というか前足を竪穴の縁に掛けて上体を持ち上げる。
「これは……」
こちらを見下ろす頭。
焼け爛れ、腐敗し、所々骨格が露出している。
アークドラゴン、いやかつてはそうだったのだろう巨竜が、ゾンビのような姿になりながら落ちくぼんだ眼窩の奥に宿る赤い光でこちらを睨みつけていた。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




