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ある出戻り配信者の顛末  作者: 九木圭人
幕間の一幕
122/169

幕間の一幕7

 二人が着席したところで交渉が始まった。

 と言っても、その前の段階で既に大勢は決していたと言っていいだろう。

 社長が色々説明して、彼等は示された場所にサインするだけ。

 彼等に断る理由はない。固定給=毎月決まった額の金が入って来るなんて、話に聞いていたあの二人の生活ぶりからすれば願ってもない好条件だ。

 それになにより、目の前の経営顧問の前でこれを呑まないと言えば、すぐにその後の人生が決まってしまうだろう。勿論、そんなリスクを冒すような馬鹿ではない。


「――さて、ただ契約に関して一つ、こちらから条件がございまして……」

 一通りの説明を終え、それから社長が切り出した。

「弊社の勤務形態上、勤務時間が不安定になることも、また緊急で出てきてもらうという状況が発生することもありまして、従業員には社宅の方に移り住んでいただくことになります」

 初耳だ。というより、そんな事はない。

 社宅を世話してもらえるのなら、俺としてもそっちが良かった――まあ、それは置いておくとして。

 オペレーターに目をやると、無言のウィンクが返って来る。


「成程ね……」

 意図するところを察して、温くなったコーヒーを口へ。

 随分とまあ、お優しい話だ。

 この条件に付いても、向こうが呑めないはずもなかった。例え、社宅の家賃として給与の一部から天引きすると言われても、だ。


 結局、とんとん拍子に話は進んだ。

 必要な書類にサインを頂いたら、保護者のお二人にはお引き取りいただく。

 終わってみれば呆気なく、我らが植村企画に二人目の配信者が加わった。

「これでよし……と」

 社長が一息ついて書類を纏め、鞄にそれらを仕舞う。

「さ、今日からよろしく。佐々木さん。しっかり働いてもらうよ」

「はい……ッ!!」

 決してうちの条件は――彼女の待遇がどういうものかは分からないが、俺と同じと仮定した場合――好待遇というものではないだろう。恐らく、生きていくのがやっとの額のはずだ。

 だがそれでも、彼女は救われたのだろう。


「おめでとう!これからよろしくね!」

 席を離れて彼女の方に向かうオペレーターに俺も続く。

「ありがとうございます!!本当に、本当に……ありがとうございました」

 涙ぐんだ彼女の姿が、俺のその感想を裏付けていた。

 と、そこで社長が経営顧問の方に向き直る。

「ああ牛山ちゃんも、ありがとうね」

 それまでとは打って変わって軽い調子。そう言えば昔馴染みだったと言っていた。

「いやー、緊張したわよホント」

 ……予想外のキャラクターだった牛山さん。

「でも良かったの?アタシ刑事でも何でもないのよ?」

「警察とは一言も言っていないからね。ただ見知らぬ人物の懐に警察手帳のような何かが見えているだけだ」

 勿論経営顧問でもない……と思う。少なくとも俺は、そして多分オペレーターも面識がない。


「ならいいけど。それじゃ、またお店遊びに来てよ」

「ああ。そうさせてもらうよ」

 社長のプライベートについては謎が深まった。

「あ、それと佐々木さん……よね?あなたも、何かあったらうちにいらっしゃいな。うちも人手不足なのよ」

 多分だが未成年が働いていいお店ではないと思う名刺を渡して、それに律儀に頭を下げる佐々木さんに見送られ、経営顧問は去って行った。


「さて、早速お仕事について説明しよう」

 二人が俺たちのテーブルに移動して第二幕のスタートだ。

 管理機構によって配信が出来なくなってしまった今、新たに配信者を雇う。それはつまり今では先行きがどうなるのか分からない、というより実質廃業してしまっているような人間をもう一人抱えることを意味している。

 といっても、別にチャリティーではない。


「二人にはこの前話した通りだが、今後我々は管理機構からの業務委託を受けることになる」

 あの日、社長に連れられて行った財団の施設で、俺たちに伝えられたのはその点だった。

 特別遠隔地管理機構。日本においてホーソッグ島及びその周辺地域の監督を行っている組織ではあるが、その職員の大半は財団のような技術者・研究職か、本土での事務方の職員が大半だ。

 一応彼らも現地実働部隊は備えているものの、その業務はゲートの保守と周辺の警備がメインであり、城攻めの時のような例外を除いてはホーソッグ島内での行動はほとんどない。というより、それが可能な人員をほとんど抱えていないのが実情だ。


 これまではそれで成り立ってきた。

 島内での活動は自由競争の名の下に民間企業に任せていたし、人員が必要になった時にはそれを供給できる大手配信事務所が存在していたのだ。

 だが、その二大大手が配信業界から手を引くと発表したことで状況は変わった。

 八島もアウロスも十分に儲けのある本業があって、今後不採算部門になることが分かっていたり、主要メンバーの尽くを失い壊滅状態の配信部門はリスクとして切ってしまったのだろうが、その穴はあまりに大きい。

 一応アウロスと八島の下には『ピリオズ』や『ウォーラム企画』といった、準大手と呼ばれる配信事務所もあるものの、二大巨頭の抜けた穴を埋めるには足りないのが実情だ。


 加えて、例えホーソッグ島、ひいてはあの世界の危険性が明らかになっても、今や産業界も科学界も、異世界の存在なしでは立ち行かない程に依存している。

 ホーソッグ島は我が国にとって重要な資源基地であり、また多くの科学技術があちらで発掘された――今にして思えばインテリジェント・ワン由来の――技術のコピーによって成り立っている。

 我々配信者に必須と言えるマナジェネレーターの製造技術も、それらを安価かつ安全に日帰りで移植させる医療技術も、もとはと言えば発掘された技術なのだ。まだ大部分が謎のままの異世界。分かっている部分だけでこれ程の恩恵があるとすれば、みすみすそれを捨てるなど出来るはずもない。


 つまり、現地実働部隊の需要がその供給量を大幅に超過してしまっている。

 しかしホーソッグ島の一件の直後でこれまで通り自由放任とはいかないのも事実だ。何事にも責任があるし、外野にうるさく口出しされるのを嫌うのは皆同じだ。


 となれば?配信者の配信抜きが今後の俺たちの仕事になる。

 ――それに納得して仕事をするかどうかは、まあ人それぞれだが。

 その点の再確認を終え、業務委託契約締結後の現地での活動の変更点=最大はやはり配信の許可はこれまでより遥かに難しいという事を再度説明されて、この日は解散になった。


「本当に、今日はありがとうございました」

 オペレーターと佐々木さん改め有馬さんは一緒にオペレーターの家に帰る。

 社宅を見繕うのはいつになるのかは分からない。まあ、オペレーターがあまり気にしていないようにも見えるのがまだ救いだろうか。


 新体制での依頼第一号がやってきたのは、それから一週間ほど経ったある日だった。


(つづく)

投稿遅くなりまして申し訳ございません

今日はここまで

続きは明日に

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