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メガリス4

 まあ、必要経費だと思って割り切ろう――周囲の状況を確認してそう結論付ける。

 衝撃波によって折れた枝や葉が粗方落ちきって、その上にぞっとする程のリックワームの死骸が転がっているのを見ると、これを一掃してくれたのだから安いものだという思いも湧いてくる。


「周囲の反応は消えましたが、森全体ではまだ多数の反応が確認できます。油断しないで」

「了解。前進を再開する」

 オペレーターの声に応えながら、再び森の奥へと足を進めていく。

 僅かに周囲より窪んだだけの道は蛇ののたくったようにうねりながら奥へと続いていて、少しずつその窪みが深まってきていた。

「いや……」

 そうではない。道が深く掘り下げられているのではない。

 周囲が隆起して、頭位の高さに木の根が張り出してきている。

 リックワームは枝葉に姿を隠して獲物を狙う習性があり、木の生えている位置が高くなり過ぎれば当然そこからは獲物が狙えないため、そうした木には陣取らない。

 つまり、この道を歩いている限り先程みたいな待ち伏せや包囲を受ける可能性は低いということだ。


「っと……」

 だが、それで安心という訳ではない。進行方向、道の途中で少しだけ開けた場所を前に、俺は適当な木の陰に身を隠した。

 そのちょっとした広場にはゴブリンが二匹。だが、初配信の時に遭遇した連中とは様子が違う。


「前方に見えているのは?」

 送っている映像を見ているだろうオペレーターに問い合わせると、すぐに答えが返って来た。

「ゴブリンゾンビです。既に死亡したゴブリンの体を寄生虫が乗っ取って動かしている。動きは緩慢ですが、中の虫を殺すか、その虫が体を動かすために活かしている脳、或いは脊髄を破壊するまで動き続けます。注意して」

 昔活動していた頃にも何度か森に立ち入った事はあったが、見かけなかったタイプだ。

「了解」

「それと、中の虫は体内で成虫になると2m近くなることがあります。画像はないですけどサナダムシをイメージしてもらえば大体あっているはず。もし露出した姿を見たら、すぐに引きずり出すか殺すかして」

「引きずり出す……ね」

 その昔標本で見たことがあるサナダムシを思い出す。

 あれを引きずり出すのはあまり気が進まない――映像的にも、気分的にも。


 まあ仕方がない。一本道を塞ぐように突っ立っているのだ。相手をしない訳にも行かない。

「まず……」

 ぼけっと空を眺めて突っ立っているゾンビたちの奥へと手ごろな石を放り投げると、ちょうどよく地面から突き出ている岩に当たって音を立てた。

「グ……」

 一体のゾンビがそれに反応してそちらを向き直り、それを見てもう一体も後に続く。五感は無事でも、知能は虫のそれ相応なのかもしれない。ただ石がぶつかっただけだという事を理解できずに、音のした方にずっと目を向けている。


「よし」

 口の中で小さくそう漏らしながらその間抜けの背中に向かって踏み出した――その瞬間だった。

「!!?」

 パチン、といい音を立てて枯れ枝が折れた――俺の足の下で。

「クソッ!」

 ゾンビ共を笑えない自分の間抜けさ、振り返るその間抜け共、いやらしい位置に落ちて不必要なほど大きな音を立てた枯れ木に毒づきながら、咄嗟にそこに落ちていた小石を近い方のゴブリンゾンビに放り投げる。

「アァァ……」

 頭に当たったそれを意にも介さず、ゾンビと呼ぶにはしっかりとした足取りでこちらに突っ込んでくる。


「ちぃっ!」

 なら仕方がない。俺はすぐさま穏便な対処を捨てた。

 幸い場所は広い。ダガーではなく打刀に手を伸ばし、ただ爪を振りかざし、牙をむいているだけのゴブリンゾンビに抜き打ちの一刀を浴びせる。

「オォォ……」

 効いているのかいないのか分からない声。

 手応えと噴き出した緑色の体液以外には変化はない。

「このっ!」

 すぐさま右手を返して左手と頭上で合流。足を止めないゴブリンゾンビの脳天に振り下ろす。

「ガッ……」

 頭の半分ぐらいまでめり込んだ刃を奴の体を蹴って引き抜くと、流石にこれには耐えられなかったようだ。


 だが休んではいられない。二度目の死を受け入れたそいつが崩れ落ちていく、そのすぐ後ろからもう一体が迫っている。

「クソ!」

 腕を伸ばして掴みかかろうとするそいつに、反射的に突き出した切っ先で喉元を抉る。

「うおっ!?」

 ばっくりと刃を飲み込んだその喉からは、明らかにゴブリンの体組織と異なる何かが飛び出していた。

「それが虫の本体!逃がさないで!」

 オペレーターの声。

 足のないムカデというべきか、動く組紐と言うべきか、傷口から外に飛び出したそれが、びちびちのたうちながら傷口に戻ろうとしている。

 その気持ち悪い代物に対しても、オペレーターの声と倒すべき敵という認識は反射的に体を動かした。


「ッ!」

 逃げ帰ろうとする虫の胴体を鷲掴みにすると、ゴブリンの体を蹴り倒した反作用で一気に引っ張る。

「うおおっ!!?」

 自分でやっておきながら、飛び出して来たその全身に思わず驚いて手を放した。

 2mの生きている組紐。その病的に白い姿が、土と葉っぱの敷き詰められた地面でガサガサ音を立てて暴れている。

 恐らく苦しいのだろうそれに介錯=足で踏みつけて胴体を切っ先で寸断。

「よし……」

 それらが動かなくなったことを確かめた後、近くにあった木の表面で手を拭いてから先へ。


 切り立った左右はそれから急激に元の高さに戻っていき、今度は逆に一切隆起しなくなった。

 そしてそれはつまり、道が消滅したことを意味している。

「オペレーター。道がなくなった」

 360度同じような木々が並んでいるだけの世界。

 だがその木々には高い枝もあれば低い枝もある。つまり、また上からの襲撃が発生するかもしれないという事だ。

「森の中心部へはそのままの向きで進んでください。周囲にまだ多数の反応が見られます。気を抜かないで」

「了解」

 そのままの向きと言われても方向感覚を無くしそうな景色がずっと続いている。


「と言っても迷いそうなので――」

 配信用に口に出しながらダガーを抜くと、近くの木の表面に×印を刻み付ける。

「道しるべを残しておきます」

 後は同じことの繰り返しだった。

 一定距離進んでは木々に×印をつけ、時折オペレーターからの声で待ち伏せを回避し、回避不能な場合は伸びてきた木に石を投げつけるなりなんなりしてワームを叩き落してから止めを刺す。


「前方に強大な反応を確認」

 オペレーターがその一方を告げたのは、そうやって進んでいって、木に刻んだ×印が20個を超えた辺りだった。

「あのドームみたいな場所か?」

 秘匿回線で確認する。

 僅かに低くなった場所に石のドーム――正確にはその残骸が広がっていた。

 元々何かの施設があったのかもしれないが、今では台座だけが残っているその場所の周囲には木が無く、ただその奥に一本、それらよりも明らかに巨大な、日本なら御神木とかそういう類の扱いを受けそうな大樹がそびえ立っている。


「あの辺りのようですが……姿がありませんね」

「了解。接近して確認する」

「気を付けて。それと、森の東部から別のモンスターの群れの反応と、恐らく別の配信者と思われる反応があります。まだ距離はありますが、念のため注意してください」

「了解。配信者なら――」

 答えながらドームの傍らに足を踏み入れた瞬間に俺は通信を打ち切った。

 正面の巨木、その後ろから現れたものは、まず間違いなくオペレーターにも見えているだろうし、仮にそうでなくても音で分かるだろう。


「ガアアァァァァァァッッ!!!!」

 オーガ。身長3m近い、巨人と呼ぶに相応しい大型モンスターが、敵意をむき出しにして牙をむいて、これまた敵意むき出しの咆哮を上げているのだから。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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