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ある出戻り配信者の顛末  作者: 九木圭人
幕間の一幕
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幕間の一幕3

 博士の発表から数日、日本国内だけでなく世界中で異世界と、ダンジョン配信については大騒ぎとなった。

 これまでダンジョン攻略と称して探索と、現住生物との交戦を見世物として楽しんできたくせに、かつてどこかの誰か――原因は分からないものの今はすでに滅んでしまった何者か――が同じことをやっていたと分かった途端に手のひら返しにする理由もよく分からないが、しかし事実として世界中でこれまでのような自由なダンジョン配信が出来なくなっていったのは事実だ。


 そしてその影響は、日本にも例外なく現れた。

 特別遠隔地管理機構は全てのダンジョン配信者に対し、安全が確認できるまでゲートの使用禁止を通達。事実上のダンジョン配信禁止である。

 そして時を置かず、配信大手であった八島総警が配信事業からの撤退を発表。

 メリン島の事件で國井さん以下主要メンバーが壊滅したことが大きな理由だが、管理機構の決定もまた大きな影響を与えていたとみてまず間違いない。


 そしてその翌日、アウロスフロンティアもまた撤退を発表。ダンジョン配信事務所としてのアウロスフロンティアは解散し、ネット配信事業はアウロスプロダクションが引き継ぐ形となった。


「今後、どうするかね……」

 当然、配信が出来なければ俺たちの仕事はない。

 こうしてオペレーターと顔を突き合わせているのも、あと何日続くのか分からない。

「「……」」

 俺たちは何も言わず、ただ手元の就職情報誌をパラパラとめくるだけ。

 そこに書かれている情報は、一文も頭に入ってこない。

 仕事を辞めて配信者になった。

 配信者として何とか形になって来た。

 その矢先に起きた今回の一件。


 ほらな、言っただろう――國井さんが知ったらそう言いそうな気がした。

 結局、この世界はお利口さんの世界だ。

 俺たちみたいな、ダンジョンに潜って大冒険なんて、子供じみた夢を捨てられないような人間が重宝される世界ではない。

 それはきっと正しい。何よりも正しい。

 だが、正しい事がやりたいのなら、俺は今でも新卒の会社にいたはずだ。


「……」

 仕事なんてやりたくてやるものではない。そんな事は分かっている。

 だが、こんな形でやりたいことを幕切れにされて、一体どこで何の仕事をしろと言うのだ。

「お疲れ様」

「「お疲れ様です」」

 情報誌から顔を上げる。社長の表情は妙に落ち着いていた。

「二人とも、今から財団に行こう。用意してくれ」

 現れるなり、彼は俺たちの手の中にあるものを見てそう言った。

「そいつは不要となったよ」




※   ※   ※




「ぅ……」

 人生で初めて公園で夜を明かした。

 疲れはとれない。体中が痛い気がする。

「曇りか……」

 鉛色一色の空を見上げて、空腹を誤魔化して起き上がる。

 独断専行による謹慎処分。その直後のアウロスフロンティア解散。この立て続けの事件が、私がようやく得た居場所の、余りにも呆気ない最期だった。

「……」

 そっと頬に手を触れる。殴られた所は、もう痛みも退いているけれど。


 ――はぁ!?配信できないから金が入らないだと?

 ――あんたさぁ……。

 ――出来ないじゃねえだろ。今月足りねえんだよ。体売ってこいよ。

 それは、それだけは嫌だった。

 女の子が簡単に体を売り物しちゃいけない。自分を大切にしなさい――死んだお母さんがよく言っていた。


「それは……」

 ――あのねぇ、うちは苦しいのにあんた置いてやってるの。分かるわよね?

「でも、それは……それだけは駄目です。お願いします!何でもします!働いてお金作ります!だから――」

 ここの家に来て随分久しぶりな気がする本気の拒否は、顔面を殴られることで終わった。

 遺言となってしまった母の言葉。それに反するのは、本当に最後の最後、捨ててはいけない部分な気がして、そこさえ捨ててしまったら、私はもう永遠にあの頃の私とかけ離れた、幸せな過去にも、辛い現在が存在しない有馬玄にもなれないような気がして。


 ――誰が口答えしろって言ったんだよ。

 久しぶりに振るわれた、首から上への暴力。

 ここに居てはいけない、いや、ここに居たくない――気づいた時、私は家を飛び出していた。

 それが昨日の夜の事。


「……」

 財布は持っている。持っていたとしても中身なんてないけれど。

 スマートフォンもあった。一晩帰らなくても着信はない。金づるにならないのならいらない――なんとも分かりやすい。

「ハハ……」

 乾いた笑いが漏れる。

 なんだ。簡単に逃げ出せたじゃないか。


「ハハ、ハハハハ……!」

 私はもうあの家には戻らない。

 私はもうあの人たちの言いなりにはならない。

 だってもう向こうが手放したのだから、だって私はもう要らないのだから。

 そうだ。私はもう要らないんだ。

 私はもう誰でもないんだ。

 ごく普通の幸せな家庭に暮らしていた佐々木晴香でもない。薬中とパチンコ中毒の金づるでもない。ダンジョン配信者の有馬玄でもない。


 私は誰でもない。私はどこにもいない。私は存在しない。私に居場所なんてない。

 私は、私は、私は――。


「ハハハ、ハハハハ……」

 今なら体だって売れるかもしれない。

 だって、もう私は誰でもないのだから。

 傷だらけの体だって、マニアには売れるかもしれない。

 そうすれば金になる。金があれば生きていける。


 生きていって――どうするんだろう?


「……そっか」

 生きていても何にもならないんだった。

 だって、私には居場所なんてないのだから。

 だって、私には待っていてくれる人もいないのだから。

 だって、私にはこうありたい姿もないのだから。

 ――じゃあ、もういいや。


「……疲れちゃった」

 佐々木晴香には戻れない。

 タダの金づるには戻りたくない。

 有馬玄にももうなれない。


「……」

 どれぐらいの時間そうしていたのだろう、気が付くと降り出していた雨の中を、私は歩いていた。

 びしょ濡れのまま、奇異なものを見る目で見られながら電車に乗る。

 財布の中の小銭をかき集めれば、何とか十分な電車賃は確保できた――つまり、片道分の切符は。

 電車を降りて向かうのは、最後に使用したダイブセンター。一条さんを助け出した時の場所=私が有馬玄でいられた最後の場所。


「ふっ……」

 最後の最後に、辛い事の無かった場所に行く。

 今や意味のなくなったアウロスフロンティア名義のダイブセンター入館カード。ゲートは使えなくても、建物の中に入るぐらいは出来るはずだ。

 そして、この高さの建物ならまず間違いない。


 私は有馬玄として逝ける。

 何も辛い事のない、楽しい姿で逝けるのだ。


「あれ、有馬さん?」

「!?」

 辛い事なんてない。もう全部終わらせられる――にもかかわらず動かなかった足。

 その声に飛び上がる程驚いて振り向いた先には、植村企画の宍戸さん。

「あ……」

「改めて、この前はありがとうございました。どうしたの傘もささず……」

 ごく普通の調子で、ごく普通に私の姿に驚いた様子で。

 その一言が、私の中の何かを粉々に打ち砕いた。


「えっ、ちょ、ちょっと!!?」

 宍戸さんは驚きながら、さしていたビニール傘に私を入れてくれた。

 その場に膝から崩れ落ちて泣き出した私に。


(つづく)

旧年中はお世話になりました。本年もよろしくお願いいたします。

今日はここまで

続きは明日に

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