インテリジェント・ワン26
「グォォォ……」
唸り声を上げながら、迂闊にも自分たちの目の前に飛び出して来た馬鹿な人間ににじり寄る大群。
「……発射」
有馬さんの宣言を合図に目を閉じる。イージスはその状態でも、目を見開いているのと変わらない精度で敵の状況を伝えてくる。
その背後に一瞬だけ閃光が走ったのをだろう、彼等と向かい合いながら少しずつ後退していっても、失明を避けるために目を閉じていたためその瞬間は見えなかった。
「!!?」
少し遅れて辺り一帯をなぎ倒すような衝撃波と轟音。
それを合図に目を開けると、周囲の連中もそれに気づいたのだろう、敵を押し包むのも忘れて、背後で起こった異変に全員釘付けになっていた。
「一条さん下がってください!そこも一掃します!」
「了解だ!」
叫び返して即座に踵を返し、走り出す。
追手はこない。連中の意識は、恐らく外から攻め込んでくるだろう大群に向けられている。
だがそんなものはありはしない。広場を離れた俺が炎を逃れた石造りの建物の陰に隠れて呼びかける。
「こちらは大丈夫。やってください」
「了解しました。発射」
直後、この建物の陰から見える広場と、その奥に伸びている道に沿って光が飛んでくるのが見えた。
まるで意思があるように地形に沿って這うように飛び、障害物を躱して飛んでくるそれが広場の真ん中に飛来した瞬間顔を伏せる。
再度の爆発音。起伏に囲まれた地形故か、爆発の威力を調整しているのか、今回はここまで衝撃が及ばない。
だが、それでも十分な火力だったことは着弾後に頭を出してみてすぐに分かった。
そこにはもう誰もいなかった。
広場はちょっとしたクレーターに変わり、そこを囲むように数軒並んでいた、巨大な木の幹をくり抜いたような家々も、台風の直撃を受けたようになぎ倒されている。
「こちら一条。広場にもう敵はいない。門に向かいます」
報告しながら全てが吹き飛んだクレーターを横切っていく。ここから門までの間に最早敵などいない事はイージスで分かっている。
タダの廃墟と化した森の中の道。それを道なりに歩くだけの状態。
やがて見えてきたのは昼にくぐった門のあったはずのちょっとした広場だった。
先程まで厳重に封鎖されていたはずのそれは周囲の城壁ごと綺麗さっぱり消滅していて、恐らくそこに使われていたのだろう丸太が数本だけ、辺りに散らばって破壊されるまでそこに構造物があったという事を示していた。
「一条さん!!」
そしてその向こうに架かる橋の上。その徹底的な破壊の実行者が、つまり今回俺を助けてくれた恩人が、こちらを認めて弾んだ声で俺を呼んだ。
「有馬さん!!」
同じく俺も彼女の名前を呼び、そして彼女がそうしているように小走りで残りの距離を詰めていった。
※ ※ ※
「……ッ」
矢継ぎ早に火をつけて吸い切った煙草の吸殻が、手元の空き缶の上に溢れていた。
「はぁ……」
煙のない息を吐いたのは随分久しぶりな気がする。ふと、手の中の煙草のケースがくしゃくしゃに握りつぶされていたのに気づく。
そしてそれを握りつぶした掌がじっとりと汗にまみれている事も、つい先ほどまでその掌を含む全身が震えていたことも。
「……」
顔を上に向ける。もう片方の手に持っている火の付いたままの煙草を再び口へ。
正面から見つめる形となった照明に目を細めながら、肺の中の煙を全て吐き出して、機関車みたいに垂直に吐き出したその煙を見るでもなく目で追う。
「助かった……」
その煙に呼びかけるような形で漏らしたその言葉は、じんわりと私の体中を巡っていった。
助かった。
そうだ。助かったのだ。
サーデン湾事件。あの全てを奪った爆発を引き起こしたマナ結晶と同じものがあの島にあった――言ってしまえばただそれだけの事だろう。
だがその一点が、私の心をどうしようもなく強く締めあげていた。
一条君=今の相方が、あのマナ結晶に狙われている。
また私は相棒を喪う。
あの喪失感と呼ぶことさえ出来ないような、不気味な沈黙をまた味わうことになる。
消滅する反応。繋がらない一切の通信。映像も途絶え、呼びかけに応えるのはノイズのみ。ついさっきまで一緒だったはずのパートナーが、ついさっきまで当たり前に話していたパートナーが、一瞬で、永遠に消滅してしまう――シグナルロストの警報以外が何も聞こえない、あの静寂の恐怖は今でも夢に見る。
「……良かった」
自然と漏らしたその声は、自分でも分かる程に震えていた。
「本当に、良かった……」
そう言って、私は泣いた。
数秒間だけ、まだ仕事が終わっていないと思い出すまで。
「……植村企画宍戸より有馬さん――」
何とか聞こえるような声を出す。私のパートナーと合流したその人物に向かって。
「本当に……、本当に、ありがとうございました!!」
(つづく)
今日は短め
続きは明日に




