インテリジェント・ワン21
その状態で道を更に進む。
幸いというべきか、辺りの壊乱ぶりはすさまじく、崩落したり炎に包まれている民家からは誰かが飛び出してくる可能性も、そこに潜んで待ち伏せしている可能性もない。
――だが当然、それだけで無事に脱出できるものでもなかった。
「やはりいたか……」
件の運動場に到着した時、その中心にいながらこちらと目が合ったゴブリン達がこっちに駆け寄ってくるのを見て身構える。
いや、ゴブリン達だけではない。
イージスを発動した状態なら分かる。この周囲に無数の敵が潜んでいる。
「長居は無用だな……」
幸い距離が離れているため、即座に飛び立てば全てを相手にする必要はないだろうが、それでもいくらかは時間を稼ぐ必要がある。
「シャァッ!」
攻め寄せるゴブリンの一体を斬り捨て、その死骸を後続に叩きつけて勢いを止め、連中の後ろに回り込んで背中を斬る。
反応が追い付かないゴブリン達にしてみれば、突然前方の足が止まったと思うや否や背後に敵がいるのだ。反応などほとんどできずに斬り倒されても何もおかしくはない。
「どれぐらいで飛べる?」
ゴブリン達を一掃してから鷲塚君の方を振り返る。
「安全が確認できればすぐにでも」
同時にイージスが感知:正面の森から敵襲。
「よし――」
敵はエルフ。装備は弓。
今変身すれば的がデカくなるだけ。
「ちょっと待っていてくれ!」
それだけ告げて俺は踵を返す。こちらに向かって引き絞られた四つの弓に向かって。
「おおおおっ!!」
叫びながら、エルフの弓兵たちに突進する。連中の狙いが俺に集中するように。
その甲斐あってかどうかは分からないが、鏃は四つともこちらに向いているという事が、イージスによる感知と、未来位置の予測とによって手に取るようにわかる――そして、その予測される進路が全て、俺が直進した時の一秒~四秒後の位置に照準されていることも。
「ならっ……」
即座に右斜め前へ。直後に放たれた第一の矢が、本来なら標的がいるはずの空間を素通りして地面に落ちる。
「よし……ッ!」
つづく二秒~四秒もまた同様にギリギリの距離を掠めていく。
恐らく向こうも躱されている事は分かっているのだろうが、修正しようにも斜めに移動する標的に当てるのは容易ではない。
対して俺は、その修正を完了しそうになったところで再度方向転換。今度は左斜め前に進むように切り返して連中に迫っていく。
今度も同様。矢は俺の後ろを追うように飛んで、全て外れていく。
「ッ!!?」
ただし、最後のものを除いて。
一矢だけ、端から俺を狙っていない。
「しまっ――」
咄嗟に足を止めて体をよじる――が、間に合わない。
連中には見えていた。俺の遥か後ろにいる二人が。
「……ッ!!」
ギリギリまで腕を伸ばして止めようとした、俺の得物の先をその矢が飛び去っていく。
「はあああっ!!」
直後にここまで届くほどの突風が、その矢を反らしたのが分かった時、俺は敵前にも関わらず安心していた。
「よしっ!!」
叫び、再度敵に向かう。
ここまでくればあと僅かだ。三射目をつがえているところに突撃していく。
「おおおおおっ!!!」
再び叫び、八相に構えたまま突入。
森から出て直ぐの所に、横一列に構えていたエルフの弓兵隊に横合いから殴り込む形で突っ込む。
横隊が横から襲われた時、投射できる火力は正面より遥かに小さい。加えて既に懐に入り込まれた弓兵が採るべき手は弓を捨てて白兵戦に移行するか、出なければ逃げるだけだ――ちょうど今回のように。
「シャァッ!!」
弓を捨てようとした俺から見て一番左端のエルフに袈裟懸けに斬りつける。
崩れ落ちるそいつを即座に捨ててその後ろへ。
逃げようとしていたそいつの背中に、追いつきながら逆袈裟に斬り捨てる。
更にもう一体。真っすぐ距離をとるように走っていくエルフ。
そしてそれに俺の目が向くのを待っていたのか、引き抜いたナイフを持って体ごと突っ込んでくるもう一人。
「ちぃっ!」
突っ込んでくるそいつに対し、飛び下がりながら刀を振り下ろす。
単調で、イージス発動状態からすれば特に速くもない突撃。問題なく物打ちがその動きを捉える。
「貴様ッ……!」
捉えるまでは問題はなかった。
問題は、奴の文字通り死に物狂いの行動力は、自分の体に深々と突き立てられた刃を素手で握るという決断に至らせたという事だ。
「クソ!」
そしてもう一つの問題:仲間がそうしているのを最大限利用する最後の弓兵の行動=距離をとって振り向きざまに速射。
「……ッ!!」
咄嗟に刀を手放す。その直前まで頭があった場所=矢の羽根の柄すら見えるような距離を、俺を狙ったそれが通り抜けていくのが見える。
「ちぃっ!」
それを視界の隅に納めつつダガーを抜いて最後の一体へ突進。
徒歩のパルティアンショットを極め損ねたそいつに肉迫していくと、再度逃げの姿勢を見せる。
「なら……!」
二度喰らうほど馬鹿じゃない。
棒手裏剣に手を伸ばし、その丸出しの背中に向かって放る。
「!?」
奴が一瞬体勢を崩した。
止めにはなっていないが、それでも背中に刃物が突き刺さるのは無事では済まない。
当然、振り向いて――などという芸当は不可能だ。
「覚悟!!」
その一瞬を逃さず、ダガーを逆手に振りかぶって突入する。
再び弓を構えようとするそいつの腕を抑え、同時に降り下ろした一撃が、確かな手応えを伝えてくる。
「……ッ!!!」
真っ赤な目が俺を睨み、そして一瞬後には瞳孔が拡散して崩れ落ちた。
「よし、これで――」
全て終わらせた。
そう確信して振り向き、鷲塚君たちの方へと戻っていく。
イージスは接近してくる標的を複数捉えているが、いずれも距離はまだ十分にある。やるなら今だ――というより、今飛ばなければ囲まれる。
「鷲塚君。もう大丈夫だ。今度こそ――」
刀を回収して叫びながら駆け寄った時、彼には既にその意思は伝わっていた。
再び風を巻き起こし、その後にいたのはアークドラゴンを運び去った巨鳥の姿。
「これで逃げられますね!」
「ああ。今度こそ大丈夫――」
博士を背中に乗せた巨鳥=鷲塚君にそう答えて俺も載せてもらおうとした、まさにその時だった。
「ッ!!」
イージスが高エネルギーを検知。
方向は俺たちが来たのと同じ方。
そしてその検知とほぼ同時に、光の帯が俺たちの頭上を掠めていった。
(つづく)
投稿遅くなりまして申し訳ございません
今日はここまで
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